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08

 総帥の孫は総帥の孫なだけあって、剣の腕前は恐らく学年一であると思われた。


「ならなんで勝てない……」


 孫が呻く。五度程試合したのだが、その全てで負けた彼は精神的な疲労でぐったりと座り込んでいた。


「おそらく実践経験による差だ」


 孫は実直なまでに美しい太刀筋を撃ち込んでくるが、私はそうではない。鍔迫り合いの最中に足をかけてひっくり返す等、前世でいつかの学生時代ににやったような柔道技を使ったり、鞘やら拳を使う等手数が多いのでより実戦的といえるだろうか。


「安心しろ、演習大会などではジークハルトは私に勝る。私は剣舞の型など知らないから」


「……っても、……に負けるなんて……」


 ボソボソと喋る総帥の孫の声はほとんど聞き取れない。聞かせるつもりは無いのだろうと判断し、無視する。


「もう一度やろうか。こうしてると煩い二人が寄ってくる」


「聞こえてんだよ、冷血伯爵っ!」


 ほら、言わんこっちゃない。早速駆け寄ってきたエリックの罵倒ももはや慣れたもので、右の耳から左の耳へ抜けていく。


「そうか。悪いが私達はもう一試合するから離れてくれないか」


 苛立ちでか逆上せた顔で立ち止まるエリックに、警告はしたと構わず剣を構える。ゆらりと立ち上がった総帥の孫も、息を整えて剣を持つ腕を上げた。


「う、うわ!まだ俺ここにいるのにっ」


 突っ込んできた総帥の孫に慌ててエリックが退避する。ほぼ一瞬で私の懐に入る速さ、見事な踏み込みだと感心する。だがそれだけだ。

 剣先を避けて肩を突き出すと、勢いを殺せずにそのまま総帥の孫は顔から衝突する。併せて一歩引いたから怪我はしてないだろう。つんのめった孫の足を払えば、簡単に転がる。


「要修行、だな」


「くそっ!剣すら交わせずに負けるのかよッ!」


 地に付した総帥の孫が悔しそうに吠えたところで、授業終わりの鐘が鳴る。




 入学して二ヶ月が過ぎた頃には、王太子と愉快な仲間たち、という名の攻略キャラクターのメイン四人以外にも話しをするような間柄のクラスメイトも何人か存在するようになる。


「十日後に弟の凖成人祝いがあってね。もしよければ招待させて頂きたいのだけど」


 そんな連中の一人が、ゼファー・モードン辺境伯子息である。爵位は無く、シルクのシャツにベルベット地のベストとトラウザーズという動きやすそうな服装をしている。

 ファンタジーゲームでお馴染みの装飾華美なロングコートが基本の私とは大違いである。とても涼しそうだ。羨ましい。


「会場はモードン邸なのか?」


「勿論。父上の街屋敷だよ」


 ならばそれ程遠くないだろう。歩きでも行ける距離か、と考え、出席する旨を伝えた。

 私は馬車を所持していない。まさか夜会等に馬一頭駆って行く訳にも行かず、借りる金も無い。いや、莫大な報奨金を受け取った為あるにはあるが、あれは森の開発費、或いは領内のインフラ整備に充てる用である。

 そんな訳で、私の初の夜会参加はモードン家主催の凖成人祝いとなった訳だが。


「ふうん、モードンの誘いは受けるんだ?」


「俺達の弟の誕生祝いは断ったのにな」


 絡みに来るのは予想済みであった、大公家の二人。反射的に舌打ちした。

 二週間前、何故か二人が酷く遠回しに誘ってきた大公家の主催する舞踏会を、確かに私は断った。遠いからだ。だが、それがなんだというのだ。


「カルディア、舌打ちはちょっと行儀悪いかな」


 穏やかに嗜める王太子は、のほほんとした顔で双子に片手づつ掴まれて引き摺られて来ていた。王太子が居るとなると、対応が一気に面倒になる。


「以後気をつけます。ところで、何か?」


 心にもない言葉を王太子に返し、二人には用件を尋ねる。大抵嫌味を吐きに絡むだけの二人なので、用件はと聞けばすごすごと去っていくことの方が多い。


「何か?じゃあねえよ。スカしてんなよな」


 ところが今日は機嫌が悪すぎたらしい。グレイスの口からはいつも通りの嫌味ではなく、怒りの言葉が飛び出してきた。驚いて絶句した。王太子も同様に、珍しく驚いた様子で彼を見ている。


「ムカつくんだよ、お前。何なの?」


「……何なの、とは?」


 スカしててムカつく、などと、大公家の人間とは思えない口の悪さは置いておくとして。一体今日の二人はどうしてしまったのか。


「何で怒ったり傷付いたりしない訳?無関心ってゆーの?何なんだよ、それ」


「何なんだよと言われても。どうでもいい奴に何を言われても、どうとも思えないしな……」


 ヒュ、と風を切る音がして、無意識に一歩下がると、目の前スレスレをエリックの平手が掠めた。


「ストップ!」


 そのエリックの襟首を、王太子が掴んで引き戻す。憤りも顕わに、呼吸すら早めたエリックは、怒りのあまりにか泣きそうになっていた。そういう所はまだまだ子供だ、と思う。


「何で、アルフレッド!」


「二人が悪いよ。カルディアが無関心なのが気に入らないって?自分達が普段、カルディアに対して何を言ってるのか自覚してないのかな」


「餓鬼共め。家柄を傘に来ておいて好き勝手な事を言い続けているくせに、相手に堪えた様子がないからと図に乗るなよ」


 いつの間にかするりと現れた総帥の孫が、王太子と同じようにグレイスの襟首を掴まえていた。どうやら二人がグレイスとエリックを諌めてくれるらしい。少しは大人しくなればいいが。


「……カルディア」


「なんでしょうか、殿下?」


 用は終わっただろう。そう考えて踵を返した瞬間に、王太子に呼び止められた。


「君には確かに一つも落ち度はないけれど、君の態度は傷付くよ。私にとってもそうだ」


「そうですか」


 頷くと、王太子は酷く落胆したような顔をした。さて、今度こそ帰るか。呼び止められる事はもう無かった。

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