悲しみよこんにちは
帰ってきたユキ、今日も元気がない。
案の定、カバンを置いてベッドの端に腰かけると、びすびす泣き始めた。
「どうしたの、今日は」
ついつい、小学生の娘を持つ母親口調で、あかねがたずねる。
「なんでもない」
「また、学校でなんかあったの」
「いいじゃん、別に」
「まーた、あのオンナども?」
うん、とユキ、すすり上げながらうなずいた。
「何だっけ? あの、ええと、シタバキ・メクリだっけ」
「北垣メグミ」
「あと、クソミソ・オカワリだっけ」
「九ノ宮カオリ」
「アイツら、今度は何だって?」
長く息を吐いて、ベッドカバーの端で涙をふいてから
「……この前のテストで、カンニングしたって言うのよ」
「だれが」
「アタシが」
「すげ。やるじゃん」
「してないよぅ」
「点数、そんなに良かったの?」
「ヤマが当たっただけ」
「アイツらは?」
「ヤマが外れたんじゃ、ないの」
「いつも外れてんじゃないの?」あかね、あきれたように息をついてユキの前の床に座る。
「アイツらには、言ってやったの?」
「言ってやったよ」
「なんて」
ユキは、すこし宙をみてから「えと、ね」状況を再現できたのか、あかねに向かい、
「ひどいわ、って」
「ダーメ、それじゃ」あかね、ユキのマネしてぶりっ子風に主張する。
「ひどい! アタシぃ、そんなコトしてません! ちゃんとぉ、テスト勉強しましたしぃ、メグミさんやカオリさんみたいにアホちゃいますからプゥゥ」
ぷっ、と涙ぐみながらもユキがふき出す。
「なぁによ、それぇ」
「ばっ」二人して声が揃う「かじゃ、なーい?」
ふう、ユキ、ため息ついて残った涙を拭いてしまってから
「あーあ、どうしてあかねみたいにイロイロ言い返してやれないのかな。アイツらなんて何とかあしらってやれそうな気はするんだけど」
「一度、ぴしっと言ってやりゃいいのに」
「それができないんだよなあ。他人の前に出ると、なんか、ダメ」
「性格、よねー」
二人そろって、ふう、とため息。
「しょうがない、また、アレやろっか」
「え」ユキ、顔を上げた。
「アレ、ってあれのこと?」
うんうん、あかねが強くうなずく。
この前やったのは、確か小学校三年の時だった。
あかねはユキの代わりに、学芸会で『ぽんぽこタヌキ』を演じた。
「こわいよぉ、あかねー」
しゃくり上げながら、それしか言えない楽屋裏のユキをあかねは懸命に説得する。
「でも、れんしゅうではちゃんと……」
「お客さんが、い、い、いっぱいだよぅ」
「どしよ」小三のあかね、唇をかみしめ舞台の上で今まさに終わろうとしている前の演目を睨みつけていたが、急にきっとユキに向き直った。
「ユキ、アンタのタヌキ服貸して、さ、早く」
セリフはたったの三つ。「ああ、いい天気だ」「おや、ぽんジイサン、おはよう」そして
「ああ、まいったまいった」
出番の延べ5分かそこらの間、ユキは体育館の倉庫奥、六段積みの飛び箱に挟まるように隠れて、ずっとブルブル震えていた。
先生にも、友だちにも、見に来ていたお母さんにも、いまだに内緒の出来事である。
「……いいの?」
「アタシ? アタシはかまわないけど、別に」
ユキ、じっと考え込んでいたが、ようやくぽつりと言った。
「アタシって、ホント、役立たずよね」
あかねはつい、ユキのひざを揺する。
「どうして、そんなコト言うのよ」
「だって」また、ユキのまつ毛の間から涙の玉が盛り上がる。
「アンタはアタシの代わりができるけど、アタシ、アンタの代わりなんて絶対できないもん」
「できるよ」
「できない」
「できるよぉ」なぐさめるのが面倒になってきて、適当な返事になってくる。
「いざとなったら、できるよぉ。まあ、イザ、なんてことはないけど、多分」
嗚呼、あかねの人生展望はまだまだ、スウィート・ア・リトル・ビット、であった。