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ものから師団長を奇襲せよ

 (はら)万希(まき)が彼に初めて出遭ったのは、買い物の途中、偶然のことだった。

「あ」足をぴた、と止め、急いで電信柱の陰に身をよせる。

 そして、おそるおそる向こうをうかがってみる。


 生嶋拓人は、かったるそうにふらふらと途をゆく。こちらに気づいた様子は、ぜんぜんない。


「どうしよ」

 マキ、どきどきする胸を押さえ、必死に頭をめぐらせる。

「これよこれ、この気配。アレがにっくき『ヘンゲ』ってやつね。『主たる影』にお聞きした通りだわ。気配で判ったもの。どうしよどうしよ、やっつけなくっちゃ。でも何、チューボー? いや、とある高の生徒? あれが、ホントに? でもさ、ヘンゲはどんな姿か分からないから気をつけるように、ってホントのことだったのね」


 拓人、何かに気を取られているらしく、ぼおっとしたまま赤信号の手前で佇んでいる。


「とうとう、この町にもヘンゲが……パワーは?」

 エプロンのポケットから、まさか本当に使うことになるとは思っていなかった『変化パワーチェッカー簡易版』を取り出し、震える手で彼に向けてみる。

「2.32……ちょっと弱いみたい。でも、初めてみたわぁ本物。これからこの町で仲間を増やすつもりなのかしら。どうしよ、今だったら手下を集めて急に襲いかかって、弱ったところをアタシが……」


 原マキ、とある町東小川三丁目に住む主婦23歳、実は、ものから団第四師団長・コードネーム『ストマックウォーマ』は、まだ迷っていた。


 結婚してすぐ、地元の就職情報誌(無料)を見て応募し、ものから団に入団してはや二年。

 研修等の成績はよく、ここまでの出世は意外と早かった。が、唯一のネックは、実戦の経験が皆無だったことだ。


「どーしよどーしよ。なんだかさ、今ならだいじょうぶそう、勝てそ。生身でも、後ろからまず大根で殴り倒してさ、でも、う、人目多すぎかなココじゃあ。

『あ~ら原さんの若い奥さん、高校生に突然ダイコンで殴りかかったのよ』なあんて言われて、トシミツさんやお義母さんにでもバレたら……そうよ、それでなくてもイロイロ言われるのに。あら、マキさんずいぶん遅かったのね。今日のスキヤキには間に合わないわねえ、とか何とか。ついでに言うのよ、アナタそんなことだから、お名前もユニークなのよね、せっかく磯辺マキがお嫁にきて苗字変わって一から出直そうって思ったら、今度は原マキですって……まったく、バカにしてるわ。お義母さんだって人のこと言えないわ、タツヨ、なんてさ原タツヨ、へんなの。しまった」


 信号がいつの間にか青に変わっていた。歩きだす拓人をあわてて追う。次々と並ぶ電信柱に身をかくしつつ、なおも迷う原マキ。


「どーしよ、それにお豆腐も持ってるし、お肉もさ、百グラム580円を300グラムよ、でももしここでやっつけちゃえば、幹部? ボーナス? 出るわよねきっと。ああ迷うなあ、どちらにしようかな、かみさまのいうと、お、り、は、ん、た、い、の、は、ん、た、い」

 ぴた、指は「やっつける」に止まった。

「ようし」ぱさ、買い物袋をむぞうさに足元に捨てた瞬間


「たーく、ちゃああああん」


 背後のどでかい叫びに、マキ、きゃっと跳び上がった。


 ぎょっとしてふり返る、向こうから走ってきたのは、やはりとある高の制服を着た、どでかい少年だった。

 走っている、というより、牛を積んだタイガー戦車が地響きたてて、スローモーションで追ってきたような、ミョーな迫力となぜか牧歌的なのどかさを併せもっている。

 彼女の横を走り抜けたとき、


  ぐぢゃ

 

「あ」少年、マキの買い物袋に乗っかったまま、ぼおっと立ち止まった。

 すでに肉も豆腐も、二次元変換されている。

「すみま、せん」

 マキ、うつろな笑顔。「いいのよ」手をぴらぴら振って、彼を行かせてやった。

 そいつが、山本朔太郎だった。



「た、く、ちゃああああん」

 とある緑ヶ丘団地の入り口前で、拓人はけげんそうにふり向いた。

 駆けてくる姿に気づき、始めは不思議そうに口を開いたが、次の瞬間、ぱっと顔を輝かせる。

「ああ、サクぅ」

 ようやく、サクタローが追いついた。商店街の端っこで拓人を見かけてから、彼にしては十年にいっぺんあるかないかの超ダッシュで追いかけてきたのだった。

「サクだよな? ああ、ビックリしたなあ」拓人、彼の首に腕を回し、ぐいぐい締めつける。

「なんだよう、何年ぶりかなあ、元気か? 顔、真っ赤じゃねえか、どうしたんだよ」

「さっき、拓ちゃんが、歩いてるの、見つけたんで、追いかけて、きたんだよ」

「あ~あ、バッカだなあ」拓人、心配そうに彼の顔をのぞきこんだ。

「オマエさ、心臓治ったのかよ」

「うん、なんとなく」

「なんとなくはねえだろ、バッカだなぁ」

 そう言いつつも、拓人の顔には暖かい気遣いの色がにじんでいる。

「でもさ、やっと、話ができると、思ってさ」

 サクタローの息もようやく落ち着いてきた。

「せっかくさ、また同じクラスになったし」

「ええっ」拓人、心底びっくりしている。そして、バツが悪そうにつけ加えた。

「実はまだ、名簿しっかり見てなかったんだ」

 うんうん、とうなずくサクタロー。

「それにさ、なんだか拓ちゃん心配ごとあるみたいだったし」

「オレが?」拓人、あやふやな笑い方をした。

「そうだな……ちょっと家とかでゴタゴタあったし。でも、転校してきてもう一週間だぜ。クラスでひと声かけてくれりゃ、良かったのに」

「かけようと思ったけどさ、タイミング悪くて、すぐ行き違いになっちゃって……」

 うん、オマエならあり得るぞ、と、拓人納得している。

「でも、オレもオレだよな。昔のツレと一週間も同じクラスにいながら、気がつかないなんて。

 サク、オマエ中学ん時より、やせたのかなあ。なことねえか、でもメガネかな? 少し感じが変わったみたい」

「そうなんだ。メガネもね、替えたんだよ」

 大型草食獣のごとき温和な目をして、サクタローは答えた。



「マキさん」

 タツヨの声が、ひときわ高く響き渡る。

「めずらしいわね、スキヤキかと思ったら、全然ちがうのね、コレ」

 ぐしゃぐしゃに崩れた豆腐の一片を器用に箸で拾い上げ

「マーボードーフの、新しい種類かしら」

「ええ、お義母さん」

 おもしろくなさそうな顔のまま、マキは答えた。

「地中海風ですわ」

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