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ふたりでプリンを

 さて、あかね、部屋のドアを勢いよく開けると

「ねえねえねえねえ聞いてくれる」

 フンマンやるかたなし、といった口調。

「きょう、だれに会ったと思う、ねえ」

「ハリソン・フォード様?」

 ベッドに寝転んだまま、マンガから目も離さずに双子の姉、ユキが言った。

「どうしてハリソン・フォードかなあ、どして今その名前が出る」

「相変わらずファンなんでしょ。いったいいくつになったのあの人。もしかしてこっそりこの辺でグループホームでも探してたんかと思って」

「うるさい、悪魔よ()ね! それにフォード様だったらこんなに怒ってませんよーだ」

「実物をみてガッカリしたのかも」

「なんってこと言うのさ、マイ神をつかまえて。ハリウッドスターは永遠なの……ま、そんなこたいいのよ、で、だれに会ったと思う」

 ユキ、面倒くさげに

「わかんない」

 また、ページをめくる。

「そんなもの読んでる場合じゃないって、聞きなよ、もう」

「明日返すんだもん」

「だれだと思う?」

 ユキ、ちらっと顔をあげる。あかねの顔つきからすると

「すっごく、ヤなやつ」で、

「まさか会うとは思ってもみなかった」というところ。

 しかも、

「これから毎日というくらい見かける」だろうし、

「時には口もきく、おえー」といった感じだな。

 と、いうことは学校関係?

 ユキは少しほっとしてまたページをめくった。

 

 はじめは、ヒサミツがよみがえったのかと思った。

 以前、織部家に居候していた母の弟で、おじさんというには歳は若かった。

 単身赴任の父の代わりに、家のボディーガードにいいかと思ったのは初めのうちだけで、そのうち、だんだん言動が鼻につくようになってきた。

 何がイヤかって、すぐに

「ボクが住んでたブラジルのリオ・デ・ジャネイロ、ええと、発音からするとヒゥ・ジ・ジェァネィゥウだけど」

 とか

「前にモスクワの街でボクは……」

 とか、ユキが言うところの『ヒサミツ世界の冒険ショー』をやらかすのが常だった。

 おもしろい話ならまた許せるが、それが単なる自慢なのだから、ムカつく。

 しかもひとつの話が長くてくどい。数年前に

「ここアルウィードの街では。民族を分断していた壁が崩れようとしている。アルウィードについての地理的歴史的概略をざっとでも語りたいところだが大事なことだけ伝えよう……すわ暴動、という時ボクは市民たちに交じって、いや、一番前に立ってこの手で壁にハンマーを叩きつけた『皆、怯むな! 平和と友好はもう目の前だ! 我らに自由を!』畏れる人々にボクは叫んだもちろん現地の言葉で、少しドイツ語に似ているが正しく発音できるのは近隣の外国人ではボクくらいのものだろう兵士は銃をボクに向けていたが撃つのをためらっていた遂に! 壁に亀裂が走るおお、歴史的瞬間だ、自由と平和とに幸いあれ!」

 という句読点もハチャメチャな手紙が来ていらい、音信がとだえている。

 群衆の上でカナヅチをふりまわしながら書いたのか、字はめちゃくちゃに乱れていた。

 ママは、ヒサミツはきっとそのまま壁といっしょに倒れてその下敷きになって、親切なアルウィードの人たちが上から丁寧にまんべんなく踏みならしてくれて「あっほびって」なんて言いながら彼の勇気をたたえてくれたのよ、今ではヒサミツの像が建ってるわ。チンの所に葉っぱが一枚ついてる銅像。と神妙な顔で言ってから、ゲラゲラと大笑いしていたし。

 まあ、ヒサミツだったら、あかねはこんな顔していない。もっと鼻にしわがよって、吐きそうな表情になるだろう。


 だいたい、双子というのは便利なようでいてなかなか不便。

 表情を見れば相手がだいたい何を思っているのか分かりはするのだが、分かったからといって、別にどうなるといったものでもないし。

 あかねだって、ユキの顔をみれば「別にキョーミはありません」というのも判っているのだろうが、第一、あかねには相手の興味が無さそうなら自分が引っこむ、という気遣いがあるとも思えない。


 それにしても、今日は特別うるさいなあ。ユキはため息をひとつ。

「マンガなんていいから。もうすぐ終わるじゃん」

「あと四巻続きがあるんだからね」

「ぜんぶ明日返すの?」

「そ」

 一歩下がったので、あきらめて自分の部屋に戻るかと思ったが、あかね、意外にも低い声になって

「アンタにも、じゅうぶん関係あんだから」

 その言い方に、すこしぎょっとなってユキ、目をあげた。

 学校関係ならば、あかねは県立とある高校、ユキは市立の聖ニコラウス学院、方向もまったく逆だし、交流などもない。ほとんどユキには、その「ヤなやつ」と出会う機会はない。

 でもそれが

「カンケイある?」

「そう」

 あいかわらず、あかね、押し殺したような声で応える。

「で、だれ」

 やっと本を脇に置いて、ユキ、不機嫌にたずねる。

 あかね、口だけにやりとさせてから

「ヒントほしい? じゃ、3つまで質問OK」

「学校で会いました」ピンポンピンポーン

「う、アタシも知ってる人ってコトだよね」

「じゃなきゃ、わざわざ言わないよ」

 それはない。知らなくても色々おしゃべりしたがるクセに。

 ちょっと思ったがそれは今おいといて

「わかんないなあ……先生が今ごろ変わるのもあまりないし……転校か何かで来た?」

「すごい! するどい。で、その名はずばり」

「うんと、じゃあね、あたまの文字だけ教えて」

「だめ。もう3つ質問したもんね」

「え? ウソ。まだ学校で会って転校生、しか聞いてない」

「『アタシも知ってる人かしら』って聞きました」

「ええ? あれは質問じゃないです」

「だめ」

「ずるい」

「だーめ」

「いいじゃん、1コだけ」

「いくらで」

「冷蔵庫のプリンあげる」

「しょうがないなあ……苗字の頭が『い』」

「い?」

 ユキ、ますますわけが分からなくなってきた。

 い、が頭につく同級生なんて、いたっけ?

 井上、伊藤、石田、井川、井の頭、何人か思いついたけど、特別に記憶に残っているようなのは、いない。

「えー」ユキ、またマンガを開いた。

「コーサン」

 あっさりと引き下がる。が、あかね、横からさっとその本を取り上げた。

「何すんの、返して」

 取り返そうとするのを、手を高くのばしたままのあかねが一言

「イクシマ」

 吐き捨てるように、そう言った。

 ユキはきょとんとした顔で

「だれ、それ」

「もう忘れちゃったの? 信じらんない。アンタ、もうゼッタイ顔みたくないって言ってたクセに。よく泣かされて。覚えてないの?」

「泣かされた?」

 ユキはますます途方にくれる。

 もどかしそうに、あかねはユキの腕をゆすぶった。

「あいつ、タクト、イクシマタクト。しかもけっこう近所だよ、引っ越してきたの。緑ヶ丘の向こう、アパートいっぱいできたでしょ、あのへん」

 タ、ク、ト、の文字がケバいネオン文字となってユキの頭の中にぎらつくまで、いっしゅんの間があってから、彼女はがばっと立ち上がった。

「たいへん」

 目の前に屋久スギが倒れてこようかという反応。

「早く避難しなくちゃ」

 突然ベッドの下からボストンバッグを引っぱり出し、次々と服やら枕やらを詰め込み始めたユキを、あかねがあっけにとられてながめている。

「ねえ、何してんの」

 ユキはとりつかれたかのごとく、目ざまし時計や、マスコット人形、スリッパなどカバンに詰めている。

「ねえ」

 急にくるりとふり向いたユキ、あかねとあやうく鉢合わせしそうになる。

「アタシ町を出る」

「どうして? 学校はとある高だから、アンタは直接関係ないじゃん?」

「通学中に、絶対会う。通り道だもん。でもアタシは絶対に会わない。だからここを出なくちゃ」

「どこ行くの」

「日の出町のおばさんとこ」

「自転車で通えなくなるよ」

「いい、自転車なんてアンタにあげる」同じの持ってるし、とあかね。

「冷蔵庫のプリンもあげる」

「さっきもらったよ」

「もう一つあげる」

「『まりぶ千沙子漫画全集』は?」

「あれは持ってく」

「ねえ」

 と、あかねが伸ばした手を軽く振り払う。

「だめ。アンタあれ趣味じゃない、って言ってたじゃん」

「ちがうよ、そうゆうことじゃなくて」

 あかね、ため息ついて言った。

「出て行かないでよ、ママだって心配するよ。それに……アタシだって何だか怖いよ。あのバカが怖いっていうんじゃなくて、アイツのおかげで何かまたいろいろ騒ぎが起こるんじゃないか……って。でもさ、もうアタシたちだてガキじゃないんだし。それに、二人でいた方が何かと心強いじゃん?」

 しぶしぶと、ユキが座り込む。

「でもさ」

「だいじょうぶ」

 わざと明るく、あかねが言った。

「登校時間もズレてるしさ、もし万が一会って、アイツが何だかんだとちょっかい出してきたら、アタシが今度こそ、耳食いちぎってやるわ。ね、絶対アンタにはちょびつかせないからさ」

 ユキ、涙ぐんだ目をあげ、あかねをじっと見る。

「ホントに?」

「ホントに」

「じゃあ、出てくのやめるわ」

 あかね、ぱっと明るく微笑んで「よかったぁ」立ち上がると、部屋を出て行こうとした。

 そこでふり向いて一言

「でもプリンは2個、もらったからね」


 かつてヒサミツが、「ねえねえ」ユキだけ呼んで、こっそりこう聞いたことがあった。

「あかねってさ、マフィアの生まれ変わりかも、って思ったことない?」

 今、ユキはちょっとだけそう思った。

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