がっちり歌いまショー
とある高校武道場は真っ暗、しかし、
肌がチリチリと音をたてて焼けそうなほど熱い空気で張り詰めている。
エメラルド・グリーンのスポットライトが、キーボードの前に立つ彼を突如射抜いた。
沸き上がる歓声、が、すぐにそれは同じくらいの熱気に満ちた静寂にとって代わった。
ステージの下に起こったいっときの波をうまくとらえ、彼は静かに歌い始めた。
澄みきった高い声、ゆったりとして、それでいて何かの予兆を感じさせる妖しい旋律。
と、突然
舞台が炸裂した。
のっけからギターとベースの激しい絡みあい。毎回、ここはトモカズとシンのアドリヴだが、ミスったことはない。ヴォーカルの伝助が、時々ふたりが何をやってるのか判んなくってしまうほどだ。
今日のノリは、いちだんとキツい。
(そか、シンちゃん、ウチにケンカ売りはる気ね)
デン、腹まで大きく息を吸い込んだ。
歌い出しで、彼は完全に殻を脱ぎ捨てた。
「追いかけろ、とどめを刺せアイツに」イントロの透明感は跡かたもない。新たにまき起こった歓声の中、彼は飛ばしに飛ばしていった。
ハスキーだが豊かに、しかも時にエロティックに、長い髪振り乱し、『ルーク』の看板ヴォーカリスト・デンこと吉岡伝助は歌い続ける。
シンがちらっとこちらをみた。目が合うと吸血鬼のような笑みを浮かべ、より激しくリズムを刻む。
もう少しで、すべてが台無しになりそう、この張り詰めた瞬間が伝助は好きだ。
全身すべての細胞が一つの方向を指し示し、一つのことを成し遂げようとする、こんなことは、歌ってる時以外にはない。
(いや……)
何か、あったような気がした。が、思い出せない。
「ユメなどみたことないという、アイツに、思い知らせてやれ」
ひとつの巨大なかたまりが、その場をすっぽりと覆っていた。一人ひとりの感性は、さまざまに彩られ、しかし同じ鼓動を刻んで、音楽と共に息づいていた。
心地よい疲れに身をまかせ、彼らは楽屋に戻る。
「ほう」思いおもいに、椅子やら床やらにへたり込んだ。
「どうも、お疲れさまです」
生徒会の落合クンが、段ボールの箱を下げて入ってきた。
「実行委員会からの差し入れです」
「うれしいわあ」伝助が立ち上がろうとするのを
「あ、休んでいてください」片手で押しとどめ、もう片手で器用に箱を開けている。
「吉岡さん、いつもコーラって聞きましたけど」
「そうなん、ライト、ある?」
「一つ、入ってます、どうぞ」投げようとして、炭酸なのに気づき、「あっ」と小声で叫んでからいそいそとこちらに持ってきてくれた。
「おおきに」落合クン、また小走りに箱に戻る。
「落合くぅん、オレウーロン茶」トモカズが床に寝転んだまま叫ぶ。
「はあい」それはアンダースロー。トモカズは器用に片手で受け止めた。
「あと何ある?」シンはオレンジジュースを投げてもらう。
ドラムのケンちゃんもウーロン茶、それぞれ受け取ってからプルタブを押し込み、
「かんぱーい」缶を持ち上げてから、みなぐいっと一気に喉に流し込む。
「くわー」
落合クンは、まるで執事か何かのようににこやかにその様子を見守っていた。
「カン、この箱に入れといてくださいね、また後で取りに来ますんで」
「いいねえ、気のきく実行委員会で」シンちゃん、いーねー、とある高はステージきれいで、とかいちいち何ごとにも感心しまくっている。
ケンタローはケンタローで、ウーロン茶で酔っぱらったのか、いったん帰ろうとした落合クンを呼びとめた。
「オチアイー、うちのアネキんところにムコに来てくれよう」
「ケンちゃんときょうだいは、ちょっとなあ」へらへら笑いながら落合クンがドアを閉めると
「はああ」みな、改めてどっとへたり込んだ。
「足、痛いわあ、腰も。はあ、どこか温泉行きたいわ」
「デン」シンがクスクス笑っている。
「先ほどシャウトしていた人とは思えんなあ、まったくジジむさい」
「ぷはあ」デン、缶から口を離してひと息。
「そらそら、それも」
「いいやん、どうせウチは若インキョですぅ」
「しっかし」ケンタロー、にやにやしながら
「今日は、バカ、ノリまくってたなあ」
「オレ」トモカズ、こらえきれなくなってぷっと吹き出す。
「とばしちまったよ」
「え? どこ?」
「ちゃうちゃうちゃう、ピックさ、つるっと滑って」
「いつぅ」
「アドリヴの途中、テレテレロリロリラ~って、その先」
「すげえ」も、みんな、ナチュラル・ハイ。
「なぁんだ、新しいハヤリかと思ってさ」シン、ゲラゲラ笑ってる。
「くっそー、マネしてやっちまったよぉ。お、デスか? とか思って、負けるか、イクぜっ、とかさぁ」
「指、すり減ってねえか?」
「減ってる減ってる、血しぶき飛んでさ」
「お、」戸口に姿を見せた二人にデンが気づき、大きく手招く。
「今日のお助けマン、ざ・ぐれーとあーしすつ、フクちゃんブラザーズぅ!」
「ひゃっはぉう」大げさな四人の拍手に、福井兄弟、照れたように下を向く。
「入ってえな、フクちゃんズ、ジュースあるわよ」
「ああ……表でオチアイって人にもらったよ」
弟のシノブくん、一歩中に入り、ぺこりと頭を下げた。
「ごめん、トチっちゃって」
「え、どこ?」
「のっけでさ」
「ジョートージョートー、ウチだってボロボロとトチってんやから」
その一言にほっとしたように、二人は中まで入ってきた。
「すげえな、ここの人気」兄貴のマナブがあごで出口を示す。
「表、すげーことになってたよ、いつ出てくるの? って」
デン、ぎょっとしたように起き上がる。「うそ」
「生徒会が必死にくい止めてたよ、オレたちですら、オンナに追っかけられたもん」
「また、脱出計画だな」シンは、この前むしられそうになった髪の毛に手をやった。
「裏は?」
「用具倉庫のところまでなら、出られるけど……」ケンタローも急にシリアスな顔に。
「でも、楽器、さっきグランド側に出してたぜ」兄マナブの情報にみな、顔を見合わせる。
「やべえじゃん」
「オレ」ケンタローがおもむろに立ち上がる。
「ション」そこまで言った時、
「やめて」デン、急いで彼のズボンの裾にとりすがった。
「そうだよ、殺されっぞ」トモカズも缶を置いた。「トイレの前に、みんな溜まってる」
「ええ? でもトイレ行きたいって言えば、通してくれるよぉ」
「ばか」シンがしごくまじめな顔で言った。
「ジョシコーセーが、空き缶持って待ってたらどうすんだ。
『コレ、使ってくださあい』ってさ。で、目がランランと光っててさ」
笑いながらも、ケンタロー、落ち着きなくモジモジしている。
「ハレツしそ~」
「オレも」フクちゃん兄、弟がユニゾンで宣言。
「そだ、隣の合宿所のを借りよう」トモカズも立ち上がる。シンもうなずいて立ちあがるのを見て、デン、情けない声を出した。
「なにぃ、みなさん行かはるのおぉ」
「すぐ来るって、ゆっくり休んでてよ」
「そうだよ、ご隠居さま」ははは、と笑い声はすぐに遠ざかっていった。
急に静まり返った楽屋で、伝助はひとり
「ふう」足を伸ばしてみた。
なんだか、妙にかったるかった。
ホントに歌、歌っていきたいんだろうか?いいね、うまいね、おもしろいね、なんて言われているうちはいい。問題は、こうして一人きりになった時。
限界かなあ、といつも思う。
とにかく歌うしか方法を思いつかないから、歌ってしまう。でも、本当に認められていると言えるんだろうか?
今はけっこう騒がれることもあるし、波にも乗ってるみたいだけど、ただ流行に乗せられているだけじゃあ、ないんだろうか?
中学卒業後、一年無為な日々が続いた。ようやく一年遅れでこのとある高に入学して、外でも気の合う仲間をみつけてバンドを組んで(ケンタローと伝助以外は、ここの生徒ではなかった)、こうして面白おかしくやっているのに、この空しさだけは日を追うごとに、だんだんと黒い穴のように彼の心の中に拡がっていた。
求めている音楽と、バンドが今やっているものと、少しずつかけ離れていくような気がする。
「バンド、抜けようかな……」
ヴォーカルが抜けるなんて言ったら、アイツら、何て言うだろう。それに、抜けたとしてもまた別のバンド作ったって、うまくいくかどうか……それにいつまで続けていられるのか、こんなこと。考えるだけ面倒くさい。
ドアが細めに開いて、影がさした。
「あれ」半分立ちかけて、伝助
「ああ、ありがと。缶ならそこに」言いかけたとき
何か、銀色の小さな丸いものがドアの隙間から投げ入れられた。扉が閉まる。
「ねえ、何か落とし……」
目の前が、奇妙にゆがむ。伝助、それを拾い上げようと伸ばした手を宙に浮かせ、とまどったように言葉を切った。
「あら」
床が急速に遠ざかり、天井が目の前に迫った。彼はゆっくりと崩れ落ち、意識を失ってそして……
その後から、ちょっと面白くなったのだがそれはまたちょいと後で。




