怒りをこめて振りかぶれ
スティーヴン佐塚は、穴の底でふて寝の最中だった。
ゆうべは散々だった。
連れの家で半チャン三回までは景気良かったのだが、その次にいきなりフリテン連続三回、最後のなんてよもやの四暗刻ドラ二、その後も落ち込みっぱなし、一万以上もスってしまった。
よせばいいものを、やけっぱちな気分のままでバイクに乗った。
そこまでは覚えていたが、気がついたら田んぼの真ん中、しかも大の字。
バイクは、いや、ついさっきまでバイクだったものは道の向こう側、用水路の中に吹っ飛び、抽象芸術的な不燃ゴミと化していた。
明け方までに(奇跡的に、ケガはなかった)なんとかアパートに這い戻ったはいいが、なんとなんと、カオリが来ていた。以前、酔ったついでに合い鍵やってたらしい。
この前、別の女といたのをまだ根に持っていたようで、泣くやわめくや大騒ぎ。とうとう、起き出してきた大家に引導渡されてしまった。
きょうは仕事どころじゃない、うつらうつらしながら、スティーヴンは考えた。
最後の手段、千葉の家に帰ろうか。
だが、きったまたお決まりのパターン。オヤジが怒鳴る、姉キがわめく、
で、物が飛ぶとぶ人も飛ぶ、ガラスも割れよ風も吹け。
やめ。
アイツらもじき、ロスに戻る。家に帰るのはまだ早い、ここで辛抱だ。もともと短気なこのスーちゃん、こういう時に辛抱しなけりゃ、一生辛抱のチャンスがない。
ただ……
今夜から、どこに寝ればいいのだろう。
とりあえず、今日は監督もいない。連れは下痢がひどいと言って、どこかに行ったきり帰ってこない。多分そのままバックレてしまったのだろう。独りでここでゆっくりと眠れる。
(オレも、あっちで暮らそーかな)
うだうだしながら、そんなことも思ってみる。だが、きっとムリだ。
現に足掛十年もカナダ、アメリカのあちこちを転々としたが、一度もあの大陸に愛着を覚えたことはない。日本のせせこましさの方が、まだ性に合っていると言える。
(それに所詮)スティーヴン、ごろりと寝がえりをうった。
(はみ出しモンは、どこ行ってもはみ出しモンだ)
突然、むさ苦しい学生服がスーちゃんの上に飛び降りた、と、もう一人、
「うわぁ」
まともに、彼の上に身を投げ出す。
「ぐっ」すっかり下敷きになったスーちゃん、二の句がつげない。
前にいた柏のヤツらが仕返しに来たか、と一瞬殺気だった。が、どうも違う。二人ともワイシャツに近くの、とある校のマークがついている。
しかも、カタギらしい。そこでスーちゃんはタカビーに出ることに決めた。
「おいおいおいおいてめーら」
二人とも、聞いちゃあいません。
「どだ、サク、いけるか?」
「うーん、なんとか」
「くっそー、あんな近くにいたのに気配なしかよ、ったく」
そこで、チビのほうはやっとえり首掴まれてんのに気づいたらしい。
「あ、オニイサン」
愛想よく、スーちゃんに声をかけた。
脇から、サクと呼びかけられたデブのほうがおそるおそる
「ねえタクちゃん、この人、怒ってるみたいだよ」
なんか、ムショーに腹たってきた。
「おい」
スティーヴン、声に凄みをきかせる。
「詫びのひとつくらい入れたらどうなんだ。あやうく、大ケガするとこだったんだぞ。
これから覚えとけ、このオレが寝てる穴に、今度飛び込んで来やがったら、そん時ゃ、命取るぞ、わかったな」
二人とも、わかってないみたいだった。
「でも……」
「まあいい、今回は大目にみてやる」スーちゃんにしては、だいぶ寛大なところをみせた。
「とりあえず、出すモン出しな」
「え?」
ぽかんと、チビが聞きかえす。
「なにお」
このオトボケ顔、またまたスーちゃんムカついてきた。
「治療費だよチリョーヒ、出すだけ出したらさっさとこっから出て行けチクショー」
「でも」途方にくれた様子のチビ。
「金はさ……まあ、あるつったらあるけど、こっからは出れねーんだよ」
「あに?」スーちゃん、左まぶたがヒクついた。
「それがねえ」横から、デブもかったるいくらいノンビリした声で
「ホントなんだよ」
そして、二人してちら、と穴のふちを見上げる。
スーちゃん、なんだか今度は頭痛がしてきた。
コイツら、なんだ?
つかの間の平安を乱され、キゲンの針が下限値を振り切った。
これは、新手の嫌がらせかぁ? 何だかさっぱり判らねえが、とりあえず一発がつんとやってからでなきゃ気が済まねえ。金は、それからだ。
殴るのはどっちだ? そりゃこっちのチビ。コイツにゃ、なぜか激しくムカつく。
一瞬の判断で決意を固めそれを表明しようと、こぶしを握りしめて引いたとたん、
「来たっ」
チビが叫んだ。と同時に、二人がすばやくかがみ込む。
スーちゃんのパンチが空しく宙を切る。
「!」
そこに、きいきい声をあげて上から降ってくる、おかしなナリの大軍団。
「な、なんだなんだなんだ」
目の前で、何かの光がさく裂した。あまりのまぶしさに一瞬目がくらんだスーちゃん、よろけた拍子に、後からやって来たヤツらに突き飛ばされた。
「くっそー」スーちゃん、ついにツルハシをぐいとつかんで仁王立ちに。
「ドイツもコイツもオレの穴から出て」
け、まで言い終わらないうちに、彼は目を見開いて口をつぐんだ。
さっきまでの凸凹コンビは、影もかたちもない。
その代わりに彼が見たものは
赤い装束に身を包んだビョー的におかしなヤツと、同じように黄色い装束をまとった(以下同文)。
「に、ニンジャ?」
赤い方が、声高らかに叫んだ。
「薔薇変化、見参!」
黄色い方も続けて叫ぶ。
「鬱金変化、見参!」
いっときひるんで身を引いた十把ひとからげ、
「ぎょ、ぎょぎょ」油断なさそうに二人をとり巻いている。
と、いっても狭い穴の中はほとんどラッシュ時のJR東海道線、もうスーちゃん、我慢の上限値も振り切れた。つるはし振り上げ
「出てけえぇぇぇぇっ」
手近なヤツを殴りつける(それでも横向きに)。
「ぎょ」と言ったきり、ソイツはぐしゃ、と崩れ落ちた。
手ごたえがまるで、ニンゲンと違う。
「何なんだよコレは!」
大声あげるスーちゃんに、赤いニンジャ野郎が急いで答える。
「アンドロイドの一種。それよかゴメン、今、忙しいんでまたゆっくり、詫びに来ますんで」
はっ、と二つの影は勢いよく外に飛び出す。負けじと後を追うアンドロイド集団。
穴の底に取り残され、スーちゃんは、一人呆然とつっ立っていた。
手にはまだツルハシを握ったまま。
足もとを見ると、先ほどのアンドロイドとかやらが、まだ転がっている。と、見る間にソイツはぷすぷすと煮融けて、つーんとしたイヤな匂いだけ残して、消えていった。
ようやく、スーちゃん声に出した。
「あんだ、こりゃあ……」
気を落ちつけようと煙草の包みに手を伸ばす。あちこちのポケットを探る、が、見つからない。
ふとイヤな予感がして、財布も探してみたがそれもなくなっている。
地面を見まわしたが、何も落ちていない。先ほど二十人(いや、20匹? 20体?)ほどでにぎわっていた所とは思えないほど、あたりはひっそりしている。
よくよく見ると、さっきまでは確かにあったケーブル、工具の類もいっさいがっさいなくなっている。あるのは、手にしっかと握っていたツルハシ一本のみ。
「くぅぅぅ」スーちゃん、みるみるうちに青くなった、そして赤くなった。
アイツら、アイツら、今度見かけたらずぇーーーーーーーーーったい
「ぶっ、殺すぅぅぅ」
がいん、ツルハシを打つ。とたんに
しゃ~~~~~~~~
スーちゃん、いせいのいい噴水の真下に立つことになった。
どうも水道管を、やっちまったらしい。
「くをろしてやるぅぅぅぅぅ」特にあのチビ、絶対だ。




