表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

予期せぬ再会

 洋一は朝の通勤ラッシュに揺られていた。鉛の様に重い瞼をこすりながら何とか目を開け、周囲を見渡す。

 この時間の電車は、洋一と同じくらいの年齢のサラリーマンやOLが多く乗り合わせている。中にはひざ上3cmのプリーツスカートをはいた女子高生や登山用のリュックを背負ったとても丈夫そうな老人も乗っていた。

 ついこの間までは今より一本遅い電車に乗っていたのだが、そうすると始業時間の10分前に会社に着くことになる。洋一自信は仕事が始まる時間までにデスクについて、仕事を始められる準備さえできていれば、始業時間の何分前に出勤しようが関係ないと思っていたのだ。

 しかし、洋一の先輩である佐藤はそれを強く咎めた。


 お前は仕事をなんだと思っているんだ。普通は上司よりも先にデスクについて、仕事を始めておくものだろう。俺のときはそうだった。お前ら新人は少し甘やかされて育っているんじゃないのか。


 うるせぇ、と言ってやりたかった。お前らの時代とは違う、と。

 しかし今年の春から新入社員として今の会社で働くことになった洋一に、そんなことが言えるはずもない。いや、いっそのこと言ってしまってもよかったのかもしれないが、今後のことを考えるうちにそんな気持ちはすぐに失せてしまった。

 そして気がついた時には佐藤に頭を下げ、こうして一本早い電車に揺られる羽目になっていたのだ。


 満員電車に揺られながら、洋一はまだ覚めない頭で昨日の仕事のことをぼうっと考えていた。やがて憎たらしい佐藤の顔、怒鳴り声、呆れ顔……そういったものが頭を巡り始めた。

 そこで思考が停止する。やめよう、仕事のことを考えるのは。どうせすぐ出勤して嫌でもあの佐藤と顔を合わせることになるんだ。せめて移動時間くらい、自分の好きなことをすればいいじゃないか。

 しかし、自分の好きなことができる余裕なんて今のこの状態では皆無に等しい。満員電車ではバランスの取りづらい体勢のままつり革につかまり、必死に踏ん張ることしかできないのだ。そんな中でぎゅうぎゅう詰めの密室で耐え忍ぶことは、ストレス以外の何ものでもなかった。

 洋一の気持ちが少しずつ毛羽立つ。舌打ちの一つでも打ちたい気分だった。

 せめて少しでも新鮮な空気が吸いたい。幸い、洋一の身長は日本人男性の平均よりも10cmほど高かった。顔を上げるだけで随分と気分が変わるものだ。

 顔を上げてほっと一息ついた。眠たさからずっと俯いていたが、こうして顔を上げてシャンと立つと、意外にも身体の怠さも少しは緩和されたように思えた。


 このまま目的の駅まで行こう。

 そう思い、ふと窓の外へと視線を移す。すると、あるものが洋一の目に止まった。

「明日は、アナタがネコになる?」

 小声で呟く。視線の端には洋一が口にした<明日は、アナタがネコになる?>というキャッチコピーが印刷された広告が貼りだされていた。

 イメージキャラクターには現在人気急上昇中の美少女アイドルが起用されている。猫の耳を模したカチューシャを付け、手にはご丁寧にその手を模した手袋のようなものをはめている。

 洋一はそれを食い入るように見つめた。

 特にアイドルが好きだとか、猫耳が好きだとか、そういうわけではない。むしろ洋一は芸能には非常に疎く、全く詳しくない部類に入るだろう。

 洋一が見つめていたのはただ一つ、広告のほんの端っこに記載されている小さな小さな黒字だった。

「イメージキャラクター、加藤奈々……」

 洋一はその名前を口にするなり、なんとも形容しがたい衝動に駆られた。強いて言うなれば、胸騒ぎ。とにかく胸がざわついた。

 洋一にはその名前に見覚えがあった。勿論、加藤奈々なんて名前は日本中にいくらでもいる。しかし、名前を確認した後に再び目にしたアイドル「加藤奈々」は洋一がよく知る人物に間違いなかった。

 日本中を虜にする美少女アイドル、加藤奈々。

 それは、かつて洋一が愛した、ただ一人の女だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ