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スミレの花の砂糖づけ  作者: 麦子
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6.雨ときどき花

ぐらぐらと揺らぐわたしの視界の向こう側で、きらきらと眩しくひかるのは夜の色を身に纏うあのひとでした。





診察を終えて待合室へ向かうと、ソファーに腰掛けている夕焼けに染まる早乙女先輩の姿がありました。まさか待っていてくれていたとは思っていなかったので、その様になっている綺麗な横顔をしばらく眺めていることしかできません。

目を閉じて俯いている先輩に、勇気を振り絞っておそるおそる近付きます。早乙女先輩の真正面に立ち、身体を少し屈ませてその眠っているお顔を覗こうとしたまさにその瞬間でした。



「診察、終わったのか」



ぱっちりと開かれた鋭い眼差し。逃げ出そうとしたわたしの行動を先読みしたかのような素早さで、早乙女先輩の手がこちらへと伸びます。がっしりと捕まれた左腕に観念して、身をちいさくして狼狽えるしかないわたし。



「お前、俺から逃げようとするの好きだな」

「……」

「こっち見ろ」

「……」

「おい」



そんな低い声で命令されて、素直に顔をあげられるわけがありません!数時間前、抱き抱えてくれたあの腕がすこしだけやさしかったように感じたのはきっと気のせいだったのです。そうでなかったら、今も強引にわたしの顎を掴んで無理矢理視線を合わせようとなんかしません。



「…まだ少し熱っぽいな」



確かめるように、頬から額へと移動した早乙女先輩の手にびくりと肩が震えました。先程の強引さはどこへやら。撫でていくようにふわふわと触れてくる彼の指先に戸惑ってしまいます。まるで労ってくれているかのような先輩の手の温かさに、じわりじわりと瞳が潤んでいってしまいました。瞳に映った早乙女先輩の顔が、心底面倒くさそうに歪んでいくのがわかります。



「なんで泣くんだ。何も怯えさせることしてねえだろ…意味わかんねえ」



面倒くせえ女。

そうはっきりと言われたことばに、涙がボタボタととまらなくなりました。いつもの眼鏡がない、直接見えてしまうクリアな視界のせいでしょうか。目の前でただ黙ってわたしの泣きっ面を眺めているこのひとの目が、視線が、気配が、たまらなくこわい。はじめて目が合ったときに感じた、弱りきったココロを容赦なく見透かしてくる真っ黒でほんのすこしだけ紺がまじった夜の色。見ないでほしいのに、たった一度も逸らされない視線にわたしはただただ困惑するしかないのです。今はもう、なぜ泣いているのかさえ分からなくなってきました。



「熱出して、号泣とかガキじゃあるめえし…。ほんと面倒くさいやつだなお前」



トゲが抜け切った呆れたため息とともに、わたしの頭の上に乗っかった手のひら。つめたかったりやさしかったり、あたたかかったりするコロコロと変わってゆく先輩の手や瞳のせいで、涙は一向に止まってくれません。最初は額に触れてきた手のやさしいあたたかさに涙が出て、かと思えば冷たいことばと鋭い視線がおそろしくて涙が溢れて。

ああ、やはりこのひと苦手です。



ぐちゃぐちゃに泣いたあと。病院から出た街はすっかり夕焼け色に染まっていました。となりに立つ早乙女先輩がぐんと両手をあげて背伸びをします。



「で?」

「?」

「お前、家どっちだ」

『え?』

「送ってやるよ。また倒れられても面倒だからな」



開いた口が塞がらないとはまさにこのこと。

予期せぬ事態に、動けなくなる両足。数歩先で振り向いた早乙女先輩は、なぜかにやにやと笑ってこちらへUターン。固まるわたしの、髪の毛で隠れた耳をそっと探り当てて、あの低音ボイスで艶めかしく囁かれたのです。



「また、抱っこしてやってもいいんだぜ」

「…っ!?」

「おもしれー顔」



冗談だっつの、と肩を揺らして笑う早乙女先輩の手が真っ赤になったわたしの右手を簡単に捕まえました。こんなにも強引なのに、歩く歩幅はきちんとわたしに合わせてくれているのはどうしてなのでしょう?まったくもって、掴めないひとです。



ゆらゆらと揺らぐわたしの視界の向こう側で、きらきらとひかる夜空色の背中。今日わかったことは、都会の夕焼け空が意外ときれいだということ。そして、



「次、どっちだ」

「……」

「おい。てめ、なんで目逸らすんだ」

『じょっ、じょうけんはんしゃです』

「あぁん!?」

『ひい!』



このひとのことが、どう考えても苦手だということだけ。




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