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スミレの花の砂糖づけ  作者: 麦子
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4.花は靡かない

朝のバス停で、夜空色をした彼の髪がきらきらと夏の日射しをうけて綺麗になびいていました。眠そうに立っている姿を見つけてしまった瞬間、足が逃げ出す準備をはじめようとしましたが、ぐっと堪えます。先頭を陣とっている彼に気付かれないように、そうっと列の最後尾につくわたし。恐々と彼の様子を伺えば、あくびをして退屈そうに携帯電話を弄っていました。



文学部4年の早乙女寅次郎先輩。彼の名前を知るのは、そんなに難しいことではありませんでした。何故なら彼はわたしの大学では、女性を一瞬で恋の病に患わせてしまう達人という異名を持つほどの有名人でしたから。派手な名前に負けないほどの美しい顔立ちとモデルさんのような体型はただ歩いているだけで目立ちますし、そんな完璧すぎる容姿を持ち合わせた彼のことを世の中の女性が黙って見ているわけがないのです。



「ちょ、ちょっと!あの人、やばくない?超イケメン!」

「マジだ!モデルみたい…」



わたしの前に立っている女子高生たちの興奮したひそひそ話を聞きながら、もう一度早乙女先輩の横顔をちらりと拝見。確かに彼は、“超イケメン”の部類に入るのでしょう。ですが、わたしには恐怖の大魔王にしか見えません。あの出会いのせいでしょうか?

幾多の女性を恋に落としたあの真っ黒な瞳。わたしはもう二度と目もあわせたくないです。だって、わたしの全部が見透かされているようで、恐ろしいのです。



「見て!あたし、写メとっちゃったー」

「あっ、いいなー!うちにも送ってよ」



きゃっきゃっと早乙女先輩の写真で大盛り上がりする彼女たち。わたしにはよく分かりません。恋とは、愛とは、片想いとは。それはどういった感情のことをいうのでしょうか。らしくないことを考えている最中にふと、いつもより視界がクリアに見えることに今更ながらに気付いてしまいました。

眼鏡を置いてきてしまったようです。もともと視力がいいので本来ならばあの眼鏡は不要なのですが、わたしには必要なもの。わたわたしている間にバスも到着してしまいました。仕方がないです。次に来るバスに乗ることに決めて、急いでアパートに帰ろうと回れ右。

走ろうとしたその時、ぐらりと視界がゆれました。立ち眩みがして、転びそうになります。朝ごはん、きちんと食べてこなかったからでしょうか。周りの視線が怖くて、立ち上がることもできずに俯きます。地面にくっついた両足は、しばらくは動いてくれそうもありません。



バスが発車する音が耳に届きました。静かになったバス停には歩き去っていくいくつもの足音しか聞こえなくなり、ホッと息をつきます。



「お前、いつまでそんなとこで座り込んでる気だ。通行人の邪魔になってんじゃねーか」



ひとりの足音が近づいてきて、わたしの目の前で立ち止まったのが分かりました。そして、その低い声を聞いた途端に身体が震え上がっていきます。まさか。何故、彼がまだここにいるのですか。空耳であることを願って、顔をあげます。



「へえ、今日は眼鏡してねえのか」



真っ黒な瞳と、目がかち合います。わたしを見下ろすようにして立つそのひとは、眩しい太陽の光を味方につけて不敵に笑っていました。

くらりと、また目眩がしたような気がしました。





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