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スミレの花の砂糖づけ  作者: 麦子
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2.噛まれた花

都会はおっかないです。女の子たちは尖った爪をカラフルな色に塗って、白い太ももを堂々と見せ付けるようにみじかいスカートをひらめかせていますし、男の子は日本人特有の黒い髪色を好き勝手に染色して道端で煙草を吸って地球の空気を困らせています。都会のひとが皆、そのようなひとばかりではないのですが、田舎育ちのわたしには少々…いえ、かなり刺激が強すぎなのです。ひとも音も空気もにおいも、すべて。息苦しくて、たまらない。



「こいつが俺のタイプの女で、俺の彼女だ。」




大学内で唯一心安らげる場所で休憩している時、いきなり真上からぐんっと手首をひっ掴まれる感覚がしてくらりと眩暈がしました。夏のゆらゆら揺れる陽炎の中で、威圧感のある背中だけがわたしの目に映りこんできたのです。一瞬、なにが起こったのか分かりませんでした。わたしがぐるぐると考えこんでいる間に、女のひとの泣きそうな声とヒールの音が遠くなっていきます。…夏のマボロシでしょうか?



「…ったく、面倒くせえな」



低い、男のひとの声。わたしの腕をすっぽりと掴んでしまう大きくてごつごつした手のひら。急に、現実に引き戻されたかのよう。

こわくてこわくて早く逃げ出したいのにすっかり震え上がって動かなくなってしまった両足とへなちょこの心臓が情けなくて、泣きそうになりました。わたしの腕を掴んだままの男のひとが、何か話しかけてくるようでしたがこわくて顔が上げられません。

息苦しくて吐きそうです。



「つーか、下ばっか向いてんじゃねえよ」



またもや、強引に顔を上げさせられてしまいました。そろりそろりと目を開けてみると、綺麗な顔立ちをした男のひとが至近距離でわたしを食い入るようにじいっと見つめているではありませんか。勝手に目が潤んでいきます。



「早乙女ー、何やってんだよー」

「あぁ?」



“早乙女”と呼ばれたそのひとは、やっとわたしの顔から手を離して目線を外してくれました。ふらりとからだが傾いてその場にしゃがみこみます。眩しくて、焦げるかと思いました。やはりわたしには、夏は不向きなのです。



「お前また女の子腰砕けにさせるようなことしてたの?真っ昼間からやめろよなー」

「そんなことよりも、野上。てめえ、なんで電話でねえんだよ」

「だって、早乙女だったから」

「“だって”の意味がわからねえっつの」

「ねえあんた、大丈夫?顔色悪いよ?」

「おい、無視してんじゃねえ」



うずくまっていると、控えめに肩をたたかれました。さっきの“早乙女”さんとはまた別の男のひとの声。顔をあげないままこくんと頷くことしかできません。「こわかったねー」とやさしく頭をポンポンと撫でられます。…あれ、優しい?うっかり顔を上げそうになりましたが、先程の早乙女さんという方の鋭い眼差しと強くて強引な手の力を思い出してぎゅっと目をかたく閉じます。



「あーあ。早乙女ー、お前この子に何やったんだよー。すごい怯えようじゃんか」

「知らね。つーか、あんま触んな。そいつはもう俺が唾つけたんだ」

「あっそう。分かった」



よく分からない言葉たちが頭上で飛び交う中、わたしはどうやってこの場から逃げ出そうかということばかり考えていました。どうしてこんなことになったのでしょう。今までこの場所にいて、わたしに気付くひとなんていなかったのに。



「つーわけだ」

「どういうわけ?」

「だから、こいつは今日から俺の女ってことになったんだよ」

「あれ?サトミちゃんとはどうなったの?」

「誰だサトミって」

「早乙女って、本当に最低だよなー。まあ、いいや俺には関係ないし」



「おら、いつまで下向いてるつもりだ」…ぐいっと腕を引っ張られて足が宙に浮くような感覚。ああ、なんて眩しいのでしょう。

無理矢理見上げるはめになってしまった真っ青な空。夏の光をきらきらと浴びてわたしを見下ろす都会育ちの男のひと。彼の、深い夜のような色をしている髪の毛がゆらりと揺れていて、気が付けばまた目が合っていました。逸らしたくても逸らせないのは、このお方から感じるオーラか何かが原因なのでしょうか。



「分かったか?今日からしばらくは、お前は俺の女だ」



否定することも肯定することもできずにただただ固まるわたしの額にトンと指を突き立てて、宣言した“早乙女”さんは不敵な笑みだけを残して去って行っていきました。



頬をつねると確かな痛みが残ります。ああ、これは夏のマボロシではないのですね。




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