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スミレの花の砂糖づけ  作者: 麦子
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1.花と牙

花のにおいがした。



立ち止まって、辺りをぐるりと見渡すが花なんてどこにも咲いていなかった。すぐにその花のようなにおいは消えて、隣の女から香ってくる香水のにおいしかしなくなる。あー、うざってえ。勝手に寄ってくる化粧で素顔を隠す女共も、絡み付いてくる腕の体温も、夏のうだるようなこの暑さも、太陽も青空も、ぜんぶ消えちまえばいい。次の講義は、なんだったか。考えるのも面倒だったので、サボることに決めた。

甘える仕草をして見上げてくる…えーと…チエミっぽい名前の女から視線を外す。このタイプの女にも、そろそろ飽きてきたな。



「早乙女くん、次の講義行かないでこのまま遊びに行かない?」

「行かねえ。つーかチエミ、離れろうぜえ」

「あたしミエコだけど…チエミって誰?」

「知らね」



チエミじゃねえのか、かなりどうでもいい。キンキンと何か叫びはじめた声は聞こえないふりをしてあくびをひとつ、ふたつ、みっつ。さりげなく鼻をつまんで、女から二歩ほど遠ざかる。このにおい、だめだ。酔った。



「ねえ、早乙女くん聞いてるの!」

「お前、うざい。さっきから何?俺の何なの?」

「かっ彼女でしょ!」

「は?」

「だ、だって昨日…」



あかさらまにモジモジして、顔を赤くさせる。だめだ、萎えた。お決まりのセリフ、お決まりの表情、お決まりの態度。だから飽きたって言ってんだろ、俺は。もっとバリエーションをひろげろ。そうしたら、あと一回だけなら彼女気取りさせてやってもいい。ベッドの中で囁いてやった甘い言葉だけで、俺のすべてを好きになった気でいる女ならこいつじゃなくてもいい。探せば腐るほどいる。いらねえけど。



「あんたのことは、もう抱かねえよ?金輪際、一生、ぜったいに。俺のタイプじゃねえんだよ」

「じゃ、じゃあ…早乙女くんのタイプの子ってどんな女の子なの?」

「タイプも何も…俺、今付き合ってるやついるんだけど」



嘘だけど。付き合ってる女どころか好きな女さえもいないけど。もういいんだよ、面倒くせえ。俺は早くこの暑さと香水のにおいと生あたたかい体温から解放されたい。



「…誰?さっき言ってたチエミっていう子?」



うんざりする。チエミって誰だと舌打ちをしつつ、適当に周りを観察する。

木漏れ日の下、夏だというのに真っ白な長袖の丸襟ワンピースを着た女がベンチにちょこんと座りこんでいるのが見えた。面倒くせえ、もうあのワンピース女でいいか。


ズカズカと、その女の前まで早歩きでたどり着く。女は俺の存在に気付いていないらしく、長い栗色の髪で顔を隠したままずっとうつむいている。そんなことお構い無しに、俺は女の手首を掴みあげた。予想以上に細っこい腕をしっかりと握り、さっきから彼女気取りでいやがる面倒くせえ女に向かって一言。



「こいつが俺のタイプの女で、俺の彼女だ。」



数秒の沈黙のあと、泣き出しそうな顔で俺を睨んだ彼女気取りは「ありえない!」と捨て台詞を残して走り去っていった。あー、しんどかった。



「……」

「あん?」



掴んだままだった腕がわずかに抵抗を見せた。ここでようやく、ワンピース女と目を合わせた。長い前髪で半分以上隠れてしまっている眼は、更にでかいフレームの眼鏡で隠れてしまっている。眼鏡女は、小刻みに震えている唇を動かそうとして、きゅっと閉じてからまた下を向いた。やべえ、すごく面倒くせえ。この女。



「つーか、下ばっか向いてんじゃねえよ」

「…っ」



無理やり顎を掴んで、目線が合うようにする。栗色の髪がふわりと揺れた。鼻をかすめた一瞬の、春のような甘いにおい。怯えた瞳がみるみるうちに潤んでいくが、そんなことは今はどうでもいい。鼻先がくっつくぐらい近付いて、目を閉じる。ああ、やっぱりそうだ。



花のにおいがする。




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