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3rd-Real  作者: 音祇 レンド
帝国脱出編
8/13

一般クエスト・辺境の巨大猪

 IDカードを奪った黒い鳥を追ってたどり着いたのは小さな村だった。

 GPSマップ上では『リゲルデ村』と表示されている。

 ヴィネルは迷う事無く入り口から入ろうとするが――


「待ちな、兄ちゃん!」


「ん?」


 入るその寸前で呼び止められる。

 ヴィネルを呼び止めたのは剣を背負ったガタイの良い男だ。

 革製の服を基本に金属製の胸当てやガントレットを付属したバトルアーマーを身につけている。

 門番だろうか、と判断してヴィネルは口を開く。


「あー、悪い……実は街道のほうで鳥にカードを奪われてな。そいつを追って来たんだ」


「なんだ、兄ちゃんも冒険者か……その鳥なら村長んとこいるはずだぜ。村の一番奥の家だ」


 男はそう言うと道を開け、入り口のところにどかりと座り込む。

 ヴィネルは冒険者?と首をかしげそうになったがなんだかすんなり通れそうだったので我慢することにした。

 そうして村の中に入れたのはいいのだが、なにやら様子がおかしい。

 妙に殺気立っているようにも見える上に、余所者なヴィネルを訝しげな視線で見つめてくる。


(なんかあったのかねぇ……でもまぁ俺には関係ねぇか。IDカードを取り返したらさっさと進むとしよう)


 ヴィネルはGPSマップで鳥が居る場所を割り出すとそこへ向かう。

 そこは確かに入り口にいた男が言った通り村の一番奥にある家だった。

 ヴィネルが扉をノックすると「どうぞ!」という快活な女性の声が返って来る。

 扉を開いた先には一人の女性が件の黒い鳥に餌を与えていた。




「ほんっとうにごめんなさい!!」


「気にしないでくれ。俺としては戻ってくるだけで十分だから」


 本当に申し訳なさそうに頭を下げる女性にヴィネルは逆に自分が悪いように思えてくる。

 なにせ、この女性が謝るのは5回目なのだ。

 別にそこまで頭に来たわけでは無かったのでヴィネルはそろそろ勘弁して欲しいと感じる。


 街道で起こったことを説明すると目の前の女性はすぐに理解してくれた。

 軽く自己紹介した結果、女性の名はキリカというらしい。

 亜麻色の髪を束ねた女性で、村一番の美人だと教えられてもやっぱりかと思えそうなほど顔が整っている。

 キリカの話によるとこの鳥、最近同じようなやり方でギルドカードなる物を奪ってくるらしい。

 しかも持ち主が追いつけるようにしてこの村に冒険者を呼び込んでると言う話だった。

 ヴィネルとしてはギルドカードなんて物は知らないし、既にIDカードも自分のところに戻っているのですぐにでも立ち去りたいところなのだが……。


「ささ、喉渇いてますよね? お水どうぞ、お水!」


「……ありがと」


 この水も三杯目である。質素なテーブルに座らされて水をご馳走になる。

 ヴィネルの対面にキリカは座り、その様子をじっと見つめている

 そういえば食わずには過ごせるけど飲まずはどうなんだろうか。

 と、ぼんやり考えてても間が持たないと思いヴィネルは口を開く。


「あー、この村ってなんかあったの?」


「……えっと、どうしてですか?」


「なんか妙に殺気立ってるように見えるからさ」


 表情を曇らせるキリカを前にしまったとヴィネルは後悔する。

 とは言っても会話が通じるとすればこの村のことしか思い浮かばなかったので仕方ないとも言える。


「……ヴィネルさんは、神様って居ると思いますか?」


 突然の問いかけにヴィネルは首をかしげるものの、キリカの表情が真剣そのものだったために思わず考えさせられる。

 しばしの沈黙を破ってヴィネルは口を開いた。


「居るんじゃねぇの」


「……こんなに、非道い世界なのに?」


 非道い世界というのが理解出来なかったヴィネルは適当に当たりを付けて続ける。


「そりゃアレだ。捨てる神あれば拾う神あり。神様ってのは何人もいて、どいつもこいつも気まぐれな野郎共なんだよ。だけどそんな気まぐれな奴でも一応は神様で、良い奴に拾ってもらえば良い思いが出来る。逆もしかりだ。今不幸なのも、これから不幸になるのも全ては俺達を握る神様次第ってな?」


「……神様が何人も居るって言う人は初めて見ました」


「ただの言葉遊びだ。そう重く受け取って欲しくは無いね」


「それじゃあ私は――――」


 突如、キリカの言葉を遮って怒声が響き渡る。

 家の外では何かが起こっているようだ。

 金属音、罵声、嘲笑。

 程なくしてこの家の扉が開く。

 扉を開けて現れたのは鎧を着た二足歩行の『猪』だった。


「お迎えだぞ……ぐっひっひっひ」


「……はい」


 獣が人の言葉を喋り下卑た声で笑うという事態にヴィネルは思考停止していると、キリカはそれに従うように席を立つ。

 言葉が見つからないヴィネルにキリカは今にも泣きそうな顔で笑いかけた。


「私……神様に捨てられちゃったみたいです」


 バタン、と音を立てて扉が閉められてもヴィネルは微動だにしない。

 なおも思考停止していると今まで大人しかった黒い鳥が騒ぎ立て始めた。

 ヴィネルの頭上をばさばさと飛び回る。


「ケェー!! ケェー!!」


「お、おぉ!? あ、あぶねェ。意識が那由他の彼方まで吹っ飛んでたぜ……猪ってのは喋るんだな。知らなかった」


「ケェエエエ!!!!」


「うっるせー!! なんだよ、なんだよ? ご主人様助けろってか、あぁ? というか事情は全く知らないし、俺に得はないしなぁ。いや、まぁ、神様云々と猪の言動でなんとなく悪そうな状況だなーとは思うけどよ…………ん?」






 キリカは鎧を着た猪の先導でリゲルデ村の中央にある広場に連れられていた。

 広場の隅には抵抗したとおぼしき村人や冒険者が血を流しながら倒れている。

 広場の中心にいた『ソレ』は巨大な口を開けて笑っている。


「ぐぁっはっはっはっは! 人間ごときが俺に敵うものか! 俺は『牙の王』フォングだぞぉ!?」


 それはキリカの目の前に居る猪よりも遙かに巨大な猪だった。ゆうに人の二倍はある。

 さらには同じように二足歩行し鎧を身につけている始末だ。


 自らを『牙の王』フォングと名乗るその存在は、何日か前にリゲルデ村付近にある森に現れ、そこを拠点にして周辺の村や街道を行く商人などを襲っている魔物だ。

 誰も立ち向かうことが出来ないほどの強さに帝都に救援の使者を出すも、その使者が殺され救援を呼べないという事態に陥っていた。


 加えて、帝都に使者が辿りつけても討伐隊が編成されるのは絶望的だと村の住人は考えていた。

 魔物の力を移植された帝国の『強化人間』が辺境の村を無秩序に襲っているという噂を誰もが耳にしていた。そのせいで既にこの国から人心は離れていると言っても過言では無い。


 そして、フォングはリゲルデ村にある一つの要求をした。

 それは生贄の献上。村で最も美しい娘を渡せば村を荒らす事はしないと言うのだ。

 村人は憤り、道行く冒険者も雇って抵抗するも――結果は見ての通りだった。


 先導していた猪はフォングの後ろに控えて行く。

 キリカはフォングの前に毅然と立ちながら口を開いた。


「……私が行けば。本当に村の皆には手を出さないんですよね?」


「ん? ……あぁ、そんな約束だったなぁ。いいだろう手を出さないとも」


 ぞんざいに頷く様子にキリカは不安を覚えるがこれ以外に選択肢が無い。

 と、そんな中倒れていた一人の男が立ち上がる。

 血まみれで立ち上がるその姿は見るだけで痛々しくなる。


「キリカは……わた、さん」


「お父さん!? もうやめて!」


 その姿を見てキリカは思わず声を上げる。

 だがその静止を聞かずにゆっくりと男は歩を進めようとする。


「人間ごときが逆らうか……おい、お前ら遊んでやれぃ!」


「そんな!? 約束が違う!」


「あぁ? 約束ぅ? がっはっはっは! 俺は手を出してないぞぉ? …………おい、何をチンタラやってる? さっさとあのゴミを片付け――――」


 突然、パンパン、と手を打ち払う音がやけに大きく響く。

 耳が痛いほどの静寂が広がっていく。

 そんな中、その静寂を作った主はそれを軽い調子で壊す。


「モンスターって不思議だよな。死ねば数十秒で体が崩れて塵になる。一体どういう原理をしてるのか……『魔王』を詐称するフォングさんは知ってるのかい?」


 フォングの後ろに控えていた猪をいつの間にか焼却していたヴィネルはキリカとフォングの間に割って入った。

 死装束の背中をキリカは呆然と見つめながら声を搾り出す。


「なん……で……?」


「ん? あぁ……アンタはただ運が良かっただけだよ。言ったろ? 捨てる神あれば拾う神あり。ほんと、ラッキーだったな――アンタ別の神様に拾われたぜ」


 クエストウィンドウが表示される。

 『メインクエスト・帝国からの脱出』の下に新たなクエストが追加されていた。


【『一般クエスト・辺境の巨大猪』 迷宮都市デザイルへの道中で貴方は巨大な二足歩行の猪型モンスター『ブルオーク』と出会う。ブルオークは魔王の証である『王名』を名乗るが、それは単なる自称だった。――魔王を詐称するブルオークを討伐せよ――完了0/1】


 ヴィネルはキリカを下がらせると同時に『烈火』を発動させる。


「お仕置きってレベルじゃ済まさねぇからな。塵に還りな」


 瞳の中の炎を煌々と燃やし、ヴィネルは嗤う。

 陽炎のように揺らめくその姿をフォングは驚愕と畏怖に塗れた瞳で見つめ、やがてポツリとこぼした。


「……『紅蓮の王』」


 『烈火』で形造られた炎の腕がその体を焼き切ったのはその直後のことだった。






「……あっけねぇな。そしてまた『紅蓮』、揃いもそろって炎が好きだねぇ」


 いかにも期待はずれだという表情でヴィネルは『烈火』を解除する。

 足元にはブルオークだったものが文字通り塵に還っているところだ。

 IDカードを確認すると経験値は50%を表示していた。


(経験値の収入源はクエスト、か。モンスター倒しまくって一気にレベルアップってのは無理なわけね)


 さて、とヴィネルは周囲をちらと確認する。

 誰もかれもが恐怖に満ちた視線を投げかけていた。


(はぁ……化物扱いされる前に出るとしますかね)


 自分の体が普通の人間と異なるということを自覚しているヴィネルはさっさと退散することに決める。

 塵を蹴散らして歩き出したヴィネルを呼び止める者が一人居た。


「あ……あの!」


「……何?」


 ヴィネルは振り向くと今にも崩れそうな笑顔を浮かべたキリカが目に入る。

 その目に宿っているのは純粋な安堵。


「――ありがとうございました!」


「……おう、拾ってくれた神様にも感謝しときな」


 人助けも悪く無い。

 そう思いながらヴィネルはリゲルデ村を後にした。






 去っていく死装束の後ろ姿を物陰から伺う3つの影があった。

 3人は皆一様に帝国の紋章の入った全身鎧を着ている。

 だが、その姿は騎士というよりも山賊や盗賊の類と言われたほうがしっくりくる見た目だった。

 3人は顔を突き合わせながら言葉を交わす。

 ターゲットである『紅蓮の瞳』が巨大なブルオークを一撃で倒す様をバッチリ目撃していた彼らの意見は全員一致していた。


「無理だ!」


「無理っす!」


「無理無理!」


 速攻で結論が出たのだが、彼らは動かない。

 彼らは上官から直々に『紅蓮の瞳』の捕縛を命じられたのだ。

 手ぶらのままで帰還出来るわけがない。

 ではどうするかという話なのだが――。


「デザイルに行こう」


 一人がそう言うと残りの二人は頭上に?を浮かべる。


「なんで迷宮都市に行かなきゃなんねぇんだよ。やるなら関所破りだろうが」


「いいや……あそこにある迷宮の一つにはメルティエ王国へとつながる出口があるらしいんだ」


「あぁ! 聞いたことあるな」


「ふーむ……だが公にはされてないんだろ? 見つけるのは時間がかかるんじゃねぇのか?」


「考えても見ろ。関所破りなんてしたら一発でお尋ね者だ。それなら冒険者の振りして迷宮からメルティエに逃げたほうが後が楽だろ?」


 3人はニヤリといかにも小物そうな顔で笑う。

 『紅蓮の瞳』の行き先が、迷宮都市デザイルだとも知らずに。


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