道中の不覚
【『メインクエスト・帝国からの脱出Ⅰ』 『紅蓮の瞳』を持つ貴方を危険視し、ロディアス帝国は追手を放ったようだ。幾度も追撃を受けていては記憶を取り戻すための手がかりは探せない。――帝国から脱出するために迷宮都市デザイルへ向かえ――完了0/1】
そのクエストが現れたのが5日前のことだ。
GPSマップにて場所を確認したヴィネルは心底面倒そうな表情を浮かべた。
それもそのはず、GPSマップに表示されていた目的地マーカーの場所は、ヴィネルが居るところから目算で歩いて2週間以上かかる場所にあった。
その日から延々と5日間、ヴィネルは歩を進めていた。
だが、この5日間は決して無駄では無かった。
ヴィネルは知識にも無かった自分の体について幾らか気づいたことがあった。
『食事』と『睡眠』これが必要無いのだ。
ヴィネルの知識は自分にとってそれらが必要だと言う事を教えてくれるのだが、当の体はそれを要求しない。
道中で見つけた木の実などを食べても味はするのだが腹が膨れないのだ。
ヴィネルは何度か必要の無い『食事』を行うことで自身の感覚を掴むことに成功していた。
イメージ的には体内に入った物が全て燃焼されているような感じだ。
体が炎になる『炎化』の副作用とヴィネルはなんとなく思うことにしていた。
睡眠も同様の事、体が要求しない。
これについてヴィネルはエネルギーが有り余っているからか、と当たりを付けるが既に5日も睡眠を必要としていない。
そこで知識の一つに引っかかる物があった。
それは凰鬼の特徴の一つに体力の異常な回復率が上げられることだ。
人が睡眠を取るのは一重に休息のためというのが大きい。
もしこの回復率が関係しているのなら睡眠が必要無いのは納得出来ることだ。
というよりもヴィネルは特に気にしていなかった。
自分は『食事』も『睡眠』もいらない。それでいいじゃないか、と楽観的に歩き続けている。
だが6日目の太陽が高く昇った頃、ヴィネルはどうするべきか迷っていた。
「うーむ……」
ヴィネルは街道に面した草原で腕組をしながら唸りを上げていた。
目の前には見事な焼け野原。つい先程までここは緑が綺麗な草原だった。
犯人は言わずもがなヴィネルなのだが、何も故意にやってのけた事では無かった。
「どうしたものか……攻撃するたびに焼け野原が出来ちまう。草原だからまだいいが……森の中だと確実にヤバイな」
道中、何処からか湧いて出たモンスターを攻撃すると決まって炎が飛び火し周囲を焼いてしまう。
制御しようと気を張りながら腕を振るうが、周囲の空気を巻き込んで燃え盛る炎は無駄に広がってしまう。
何度かの試行の後、工夫でどうこうするのは無理だと悟ったヴィネルは最後の手段を使うことに決めた。
「スキルで何とかするしかねぇか」
ヴィネルはそう呟くとスキルウィンドウを開く。
現在所有しているのは『炎化』Lv.1とスキルツリーからは外れた位置にある『ペインロスト』Lv.50『業炎極化』Lv.50『魔弾』Lv.50だ。
『炎化』以外のスキルはもともと『道化』のパッシブスキルだという知識はあるのだが、ヴィネルにはそれがどういった経緯で手に入ったかの記憶は残っていない。
恐らく失われた記憶に含まれているのだろう、とヴィネルは気にしないことにした。
スキルポイントの残りは1だと表示されている。
取得出来るスキルは一つのみだ。
『凰鬼』のスキルは大きく分けて3つの種類がある。
まずは格闘や剣術などの近距離スキルを主とする系統。
そして火球や火壁などの遠距離・中距離スキルや補助スキルを主とする系統。
最後に自身の姿を変貌させるスキルを主とする系統。
ヴィネルは便宜的に『近接』『魔法』『変身』と各系統を呼ぶことにした。
現在取れるスキルには近接系統の『烈火』、魔法系統の『砲火』がある。
これは最初に取った『炎化』のLv.1取得が前提となるスキルだ。
各スキルには取得に必要な前提条件が設定されており、それを満たすことで取得することが出来るようになる。
ヴィネルが目を付けたのは近接系統の『烈火』だ。
『烈火』は無形の炎を圧縮し完全な固形とするスキルで、炎ダメージに加えて打撃ダメージも与える攻撃スキルだ。
これを取れば無駄に攻撃範囲が広がることも無いだろうとヴィネルは迷わず取得した。
【スキル『烈火』Lv.1を取得しました】
「よし……『烈火』」
スキルを発動させると同時に両腕が赤熱したような状態になる。
ヴィネルが屈んで小石を手に取ってみると熱が伝導し赤く染まっていく。
上手く使えることを確信したヴィネルがスキルを解除すると、元の白い肌と袖に腕が戻る。
このスキルはオンとオフを切り替えるタイプであるトグルスキルのようだ。
環境の安全を確保したヴィネルは満足しながら再び歩き出した。
「えぇい、遠い……」
周囲の風景を観察したり、現れるモンスターをあしらったりしながら進んで来たヴィネルだったが流石に6日も同じだといい加減に飽きてくる。
しかしGPSマップを確認してみると大分進んでいた。ヴィネルはこの分だと3,4日で着くだろうと予測する。
そんなヴィネルは手元のIDカードとにらめっこしながら歩いていた。
「……増えてないよな」
ヴィネルの視線を釘付けにしているのはカードの最下段に表示された経験値のパーセンテージ。
そこには10%と表示されているが、これは6日前に燃えた村を出発してから変わっていないのだ。
モンスターを倒しても変わらないこの数値を前にヴィネルは首をひねる。
ヴィネルはモンスターを倒すと経験値を得られることを知っていた。しかし、いくら倒しても変化が無い事でそれは間違いなのではという思いが浮上していた。
現在のレベルは2。あがり盛りの伸び盛りなはずだ。
そうして周囲への注意を怠っていたからか、ヴィネルは背後から迫るそれに反応することが出来なかった。
「ケーッ!」
「……ん?」
突如として背後から現れた黒い鳥がヴィネルの手に持っていたIDカードを奪い取る。
くちばしにカードを加えた鳥は器用にケーケーと鳴き声を反響させながら徐々に離れていく。
ヴィネルが状況を理解した時には既に飛び道具を投げて届く15メートル以上の距離を余裕で離されていた。
「え……ちょっと、おい!? 待てやコラ!!」
ヴィネルは急いでGPSで地図を拡大して周辺マップを呼び出す。
敵勢の存在を示すマーカーの有効範囲は50メートル。そのぎりぎりの位置で鳥のマーカーを捉えた。
自分の不覚を呪いながら、ヴィネルは街道から逸れIDカードを追うために駆け出した。