『未来視』メリル・フォルテ・ロディアス
主人公不在話!
とある城の一室。昼間だというのに遮光カーテンや暗幕で暗闇を作った部屋があった。
部屋の中にある光源はただひとつ。それは白い洒落たテーブルの上に作られた盤上にあった。
それは燃えていた。盤上にある駒の一つ――兵士を表すそれが煌々と燃え上がっている。
まるでチェス盤のように見える盤上にはその他にも様々な形の白い駒が無秩序に配置されていた。
燃え上がる駒やその他の駒を見て、部屋の主である少女は唇を歪める。
嘘に思えるほど整った顔立ち。ゆるくウェーブを描くサクラ色の髪と華奢な体つきによってその容姿は可憐な花を思わせる。
少女の名はメリル・フォルテ・ロディアス。このロディアス帝国を統べる皇帝の実子であり、『未来視』を持っていると噂されている人物だ。
メリルがテーブルの上に置かれていた真紅のベルを手に取り鳴らして待っていると、すぐに扉をノックする音が響く。
「入りなさい」
「はっ、失礼いたします」
少女が許可すると、慇懃な動作で部屋の中へと入ってきたのは屈強な男だった。
左目を両断するように走る傷が特徴的で、その姿は歴戦の勇姿を思わせる。
ロディアス帝国の紋章が刻まれた鎧とマントを身につけていることからかなりの身分であることが見受けられる。
男は一旦は膝をついて跪くも、テーブルの上に燃える駒を見た途端、驚愕の表情を浮かべながら思わず立ち上がる。
「これは……まさか……」
「えぇ、十中八九『紅蓮の瞳』の仕業でしょう。ルベリエ、兵士にも一応は耐火の魔法を付与した鎧を与えたはずでしたよね?」
「はっ、間違いありません」
「……私の『未来視』の上を行かれましたね。どうやら想定より遙かに強い力を持っているようです」
やれやれと首を振る少女からはその容姿に似合わない程の強かさを感じ取れる。
ルベリエと呼ばれた男はメリルの言葉に純粋驚いた。メリルの『未来視』が凌駕されるのを見たのは初めてのことだった。
そして、それを容易く行った『紅蓮の瞳』に畏怖の念すら感じる。
果たしてそのような存在に牙を剥いていいものか、とルベリエは不安に駆られる。
「メリル様、果たして本当に『紅蓮の瞳』を持つ者を討つ必要があるのでしょうか? それほどまでに強大な力を有しているならば彼の者が欲する物を与え、帝国の力として運用したほうがよろしいのでは?」
「随分と饒舌ですね、ルベリエ。まさか臆した訳では無いでしょう?」
「は、はっ! そのようなことは決して……」
「ならば黙って従うことです。まだまだ想定の範囲内……兵士が取られたからと言って投了していては王手詰なんて夢のまた夢となり果てます」
否応無く従わされるような威圧感に、ルベリエは思わず膝を折る。
可愛らしい外見をしていても、やはり『あの皇帝』の娘なのだと実感していた。
「とはいえ、このままでは難なく国外に逃げられかねません。追撃しなければならないのですが、装備を整え直さなければ騎士や司祭まで取られかねませんね……」
「……それならば、兵士級を何人か捨て駒にしましょう。その間に装備を整え、そののち一気に叩くのです」
「ふむ、それしかありませんね。では兵士を3つ捨て駒に。そして、最上級の装備をさせた騎士と司祭の2つで討ち取りましょう。場所は……」
メリルはそこで言葉を切るとチェス盤上に視線を這わせる。
しかしその瞳はまるで虚空を見つめるかのように虚ろな物だった。
ルベリエが黙ってその様子を見守っていると、メリルは突然、まるで年頃の少女のようにクスリと笑った。その様子は可笑しい物を見せられて思わず笑みが溢れてしまったように見えた。
「ふふっ……んん! ごめんなさい、あんまり可笑しいものだから、つい…………配置場所は兵士をリゲルデ村へ。騎士と司祭は迷宮都市デザイルへ向かわせなさい」
ルベリエは予想外の物を見て目を丸くしていたが、正気を取り戻して口を開く。
「了解致しました。――『紅蓮の瞳』もし、捕獲することが出来れば如何しましょう。薬や魔法で洗脳するという手も……」
「殺しなさい」
即断。冷たい刃を首筋に当てられているかのような錯覚にルベリエは襲われる。
身動きの取れないルベリエに言い聞かせるかのようにメリルは囁くように声を出した。
「絶対に捕らえてはいけません。『紅蓮の瞳』はこの国を崩壊させる証なのですから」
メリル・フォルテ・ロディアスは国を守るために戦う。