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車旅しかしてこなかった夫婦が、はじめてクルーズ船に乗って気づいたこと  作者: あめとおと
番外編

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13/14

写真を整理する夜


 夕飯のあと、テーブルの上にノートパソコンを置いた。


「やるか」


 拓真が椅子を引く。


「やっとだね」


 クルーズから帰って三ヶ月。


 撮った写真は、ずっとスマホの中に入ったままだった。


 忙しかったわけじゃない。


 ただ――。


 終わらせるのが、少しもったいなかった。



 画面に最初の写真が表示される。


 港。


 出航前の船。


「これ、最初の日だ」


「緊張してたよね」


「してたな」


 今見ると、少し笑える。


 あのときは、何をしていいか分からなかった。


 服装も浮いている気がして、落ち着かなかった。



 次の写真。


 デッキ。


 青い海。


 水平線。


 二人で並んで撮った自撮り。


「……私、日焼けしてる」


「最終日だな、それ」


 確かに、顔が少し柔らかい。


 出発前より、笑い方が自然だった。



 スクロールする。


 料理。


 寄港地の街。


 知らない人と撮った記念写真。


「あ、この人」


「ダンス教えてくれた人だ」


 名前はもう思い出せない。


 でも、笑った記憶は残っている。



 写真を見ていると、不思議なことに気づく。


 景色よりも。


 食事よりも。


 写っているのは、ほとんど“時間”だった。


 歩いた時間。


 話した時間。


 何もしていない時間。



「さ」


 拓真が言う。


「アルバム作る?」


「どうしようかな」


 指が止まる。


 アルバムにしたら、旅が完成してしまう気がした。


 ページを閉じたら、本当に終わるようで。



「また行けばいいだろ」


 何気ない声。


「簡単に言うね」


「楽しかったんだろ?」


 少し考える。


 楽しかった。


 でも、それだけじゃない。


「……安心したんだと思う」


「なにが?」


「なんか、ちゃんと一緒にいるなって」


 言ってから照れくさくなる。


 拓真は少し黙って、それから笑った。


「今もいるだろ」


「そうだけど」



 画面を閉じる。


 部屋が少し暗くなる。


 キッチンから食器の乾く音が聞こえる。


 いつもの夜。


 でも、あの船の夜と少し似ている。


 静かで。


 急ぐ理由がなくて。



「アルバム、あとでいいや」


「いいのか?」


「うん」


 思い出を整理しなくてもいい。


 まだ、続いている気がするから。



 ソファに座る。


 テレビはつけない。


 窓の外は夜。


「次さ」


 拓真が言う。


「うん?」


「船じゃなくてもいいから、どっか行くか」


 その言葉が、すっと胸に入った。


 特別じゃなくていい。


 遠くじゃなくていい。


 ただ、一緒に出かける。



「いいね」


 私は頷く。


 次の旅は、まだ決まっていない。


 でもそれでいい。


 旅は、計画より先に始まるものだと、知ったから。



 テーブルの上のパソコンは閉じたまま。


 写真はまだ整理されていない。


 けれど思い出は、ちゃんと居場所を見つけていた。


 私たちの、今の時間の中に。





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