写真を整理する夜
夕飯のあと、テーブルの上にノートパソコンを置いた。
「やるか」
拓真が椅子を引く。
「やっとだね」
クルーズから帰って三ヶ月。
撮った写真は、ずっとスマホの中に入ったままだった。
忙しかったわけじゃない。
ただ――。
終わらせるのが、少しもったいなかった。
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画面に最初の写真が表示される。
港。
出航前の船。
「これ、最初の日だ」
「緊張してたよね」
「してたな」
今見ると、少し笑える。
あのときは、何をしていいか分からなかった。
服装も浮いている気がして、落ち着かなかった。
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次の写真。
デッキ。
青い海。
水平線。
二人で並んで撮った自撮り。
「……私、日焼けしてる」
「最終日だな、それ」
確かに、顔が少し柔らかい。
出発前より、笑い方が自然だった。
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スクロールする。
料理。
寄港地の街。
知らない人と撮った記念写真。
「あ、この人」
「ダンス教えてくれた人だ」
名前はもう思い出せない。
でも、笑った記憶は残っている。
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写真を見ていると、不思議なことに気づく。
景色よりも。
食事よりも。
写っているのは、ほとんど“時間”だった。
歩いた時間。
話した時間。
何もしていない時間。
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「さ」
拓真が言う。
「アルバム作る?」
「どうしようかな」
指が止まる。
アルバムにしたら、旅が完成してしまう気がした。
ページを閉じたら、本当に終わるようで。
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「また行けばいいだろ」
何気ない声。
「簡単に言うね」
「楽しかったんだろ?」
少し考える。
楽しかった。
でも、それだけじゃない。
「……安心したんだと思う」
「なにが?」
「なんか、ちゃんと一緒にいるなって」
言ってから照れくさくなる。
拓真は少し黙って、それから笑った。
「今もいるだろ」
「そうだけど」
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画面を閉じる。
部屋が少し暗くなる。
キッチンから食器の乾く音が聞こえる。
いつもの夜。
でも、あの船の夜と少し似ている。
静かで。
急ぐ理由がなくて。
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「アルバム、あとでいいや」
「いいのか?」
「うん」
思い出を整理しなくてもいい。
まだ、続いている気がするから。
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ソファに座る。
テレビはつけない。
窓の外は夜。
「次さ」
拓真が言う。
「うん?」
「船じゃなくてもいいから、どっか行くか」
その言葉が、すっと胸に入った。
特別じゃなくていい。
遠くじゃなくていい。
ただ、一緒に出かける。
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「いいね」
私は頷く。
次の旅は、まだ決まっていない。
でもそれでいい。
旅は、計画より先に始まるものだと、知ったから。
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テーブルの上のパソコンは閉じたまま。
写真はまだ整理されていない。
けれど思い出は、ちゃんと居場所を見つけていた。
私たちの、今の時間の中に。




