⑦
敵が崩れ去った後も、阿吽の空気は重かった。
勝利の余韻より先に、レイは膝をついた。
「……くそ」
胸の奥が焼けるように痛む。
紫と白を同時に受け止めた代償が、遅れて現れていた。
影から現れたユイが、すぐに駆け寄る。
「ちょっと、無茶しすぎ!」
レイの呼吸は荒く、指先が微かに灰色に変色している。
「色が……抜けかけてる」
ユイは歯を噛み、懐から包みを取り出した。
「まったく、世話が焼けるんだから」
包みを開くと、乾燥した薬草と保存食。
彼女は慣れた手つきで、それを砕き始める。
「細かく刻むんだ。そのままじゃ、吸収されない」
「……料理みたいだな」
「似たようなものよ。生きるための調合」
レイが口に運ぶと、独特の苦みが広がる。
彼は顔をしかめた。
「……音、立ててないか?」
ユイは即座に言った。
「咀嚼音には気をつけな。
色を失いかけてるときは、感覚が過敏になる」
そのとき、空間の奥から、番人がゆっくりと姿を現した。
彼は、レイの変色した指を見て、短く息を吐く。
「そいつは困った」
「……俺、やばい?」
「命は取られん。だが“正面に立つ”代償は、確実に刻まれた」
番人は、床に杖を突き立てる。
すると、周囲に幾重もの幻影が浮かび上がった。
「お前が倒したのは、巨悪そのものではない」
ユイが眉をひそめる。
「じゃあ、何?」
「“食い残し”だ」
番人の声は低く、重い。
「世界には、色を憎む存在がいる。
混ざることも、守ることも、選ぶことすら拒むもの」
レイは、微かに顔を上げた。
「……それが、巨悪?」
番人は頷く。
「人はそれを“無色王”と呼んだ」
幻影に映るのは、巨大な影。
近づくだけで、色が剥がれ落ちていく。
ユイが、思わず呟く。
「……そんな匂いが?」
「感じたか。正面に立つ者は、最初にそれを嗅ぎ取る」
レイは、苦しそうに笑った。
「全部が悪ってわけじゃないだろ」
番人は、少しだけ意外そうな顔をした。
「ほう?」
「世界だって、人だってさ……いいヤツもいるよ」
その言葉に、ユイは一瞬だけ目を伏せ、静かに頷いた。
「だからこそ、無色王は厄介なのだ」
番人は告げる。
「善も悪も、選択も葛藤も――
すべてを“無意味”として喰らう」
沈黙が落ちる。
レイは、震える手で拳を握りしめた。
完全には戻らない指先の色を、はっきりと見つめながら。
「……それでも」
彼は立ち上がる。
「正面に立つのは、俺の役目なんだろ」
番人は、深く頷いた。
「その覚悟がある限り、阿吽はお前を拒まぬ」
ユイはため息をつき、レイの肩を支えた。
「……次は、ちゃんと生きて戻りなさいよ」
巨悪は、まだ姿を現していない。
だが確実に、近づいていた。
色を失いかけたその身で、
レイはなお――正面に立ち続けることを選んだ。




