⑥
阿吽の円環が完全に回転を止めた瞬間、空気が裂けた。
紫でも白でもない、濁った色の裂け目から“それ”は現れた。
歪みの集合体。
色を拒み、意味を拒み、ただ衝動だけで形を保つ存在。
「……初戦がこれかよ」
レイが一歩、前に出る。
背後の影から、ユイの声が飛んだ。
「待って、作戦は?」
「聞いてない」
「でしょ!? そんなの聞いてない!」
だがレイは止まらない。
正面に立つ者は、振り返らないと決めたからだ。
敵が吼え、重圧が叩きつけられる。
理屈も秩序もない、情熱に裏付けられた劣情の奔流。
「なるほどな……」
レイは笑った。
「父は昔ギャンブラーだったんだ」
「今それ言う!?」
「だからさ」
彼は地面を蹴り、真正面から突っ込む。
「賭けどころは――一番危ない場所だ」
ユイが歯噛みする。
「型破りだ…」
敵の腕が振り下ろされる。
回避すれば安全、だがレイはあえて懐に入った。
「ちょ、ちょっと!?
脇の下にいったい何があるってんだ!」
「弱点だろ。だいたいそうだ」
直感。
だがそれは、冷静な観察に裏打ちされた直感だった。
その瞬間、影から何かが投げ込まれる。
「レイ!」
彼は反射的に掴む。
「……これは?」
「それ、買っておいたぞ。
正面に立つやつは、装備も真正面向きじゃないとね」
紫と白が織り込まれた短剣。
受け止め、貫くための武器。
レイは一息で距離を詰め、敵の脇へ刃を叩き込んだ。
濁った色が悲鳴を上げ、崩壊を始める。
光が収束し、静寂が戻った。
レイは刃を下ろし、深く息を吐いた。
「……生きてるな」
影から現れたユイが、呆れたように笑う。
「初戦で正面突破とか、普通やらないわよ」
「でも、やれた」
番人の声が、空間に響く。
「逃げず、隠れず、混ぜもせず。
正面から受け、正面から終わらせた」
レイは一度だけ、振り返った。
「――以上で御座候」
それは宣言だった。
ここから先も、俺は正面に立つという。
阿吽は沈黙し、次の門を開いた。
世界は、彼を“戦力”ではなく――覚悟として認め始めていた。




