④
紫の回廊を抜けた先、二人は焚き火の前に腰を下ろしていた。
遺跡の外れにある休息地――色の干渉を受けない、数少ない場所だ。
レイは鍋を覗き込み、ため息混じりに言った。
「……やはりネギを入れたのか」
「入れた方が落ち着くでしょ。色も匂いも、記憶に近づくから」
ユイはそう言って、火に薪をくべた。炎が一瞬、灰色に揺らぐ。
「その火、強すぎるぞ。抜けば灰色に戻るぞ!」
レイの言葉に、ユイは一瞬だけ手を止める。
そして、ぽつりと口を開いた。
「……私が忍びになった理由、聞く?」
レイは頷いた。
「一度だけなんだな? 無理にとは言わない」
ユイは小さく笑った。
「優しいね。じゃあ、一度だけ」
彼女の脳裏に浮かぶのは、あの白い塔が崩れ落ちる夜。
色を固定する思想に縛られ、逃げ場を失った人々。
「私の一族は“残す役目”だった。白を守り、他の色と交わらせないための影」
「影……だから忍びに?」
「そう。正面から戦う資格はなかった」
追手から逃げるため、彼女は色を消す術を学んだ。
存在感を薄め、境界を滑るように移動する技。
「逃げるとき、師匠に言われたの。
“必要なものは西にある”って」
レイが首をかしげる。
「西?」
「うん。マーガリンは西に行けばある――ってね」
「……例え、独特だな」
「油は命を繋ぐでしょ? 西は“余剰”の方角。
混ざることを恐れない土地」
焚き火の向こうで、気配が揺れた。
誰かが近づいてくる。
レイが立ち上がり、低く問う。
「……私でござるか?」
その瞬間、ユイはレイの背後に回り、構えた。
「違う。追跡者よ」
そして、彼女は静かに印を結ぶ。
「ここからは私の役目」
一拍置いて、軽やかに告げた。
「どろんさせていただきます」
煙とともに、ユイの姿は薄れた。
だが完全には消えない。白を抱えたまま、影として残る。
レイはその背中を見送り、理解した。
――彼女は逃げるために忍びになったのではない。
混ざらずに、なお世界に関わるために、影を選んだのだと。
焚き火は再び、穏やかな色に戻っていた。
灰色には、ならなかった。




