①
山霧に包まれた峡谷の奥、古代遺跡〈阿吽〉の門前で、青年は足を止めた。
石門に刻まれた獣と神の彫刻を見上げ、思わず呟く。
「ここが阿吽か」
彼の名はレイ。師である賢者メガロに命じられ、世界の均衡を保つ“色の核”を探す旅の途上にあった。背後から、旅装束に身を包んだ忍びの少女が現れる。
「本当に入るの? 戻れなくなるかもしれないわよ」
レイは振り返り、静かに答えた。
「メガロがそうしろと言っていました」
少女は肩をすくめ、苦笑する。
「のっぴきないでござるな。師匠命令ってやつは」
門が軋む音を立てて開くと、内部は紫の光に満ちていた。壁も床も、目に映るすべてが同じ色相なのに、どこか違って見える。
奥で待っていたのは、紫衣を纏った番人だった。番人はレイを一瞥し、低く告げる。
「この試練を越えたければ、覚悟を示せ。紫よりも紫であれ」
その言葉に、レイの胸がざわつく。彼は強さを求めてきたが、心の奥には常に空白があった。
「……私は満たされているわけではない。満ち足りているだけ」
思わず漏れた本音に、番人は微かに笑う。
「それでいい。足りぬと知っている者だけが、先へ進める」
忍びの少女が、にやりと笑ってレイの背を叩いた。
「要するにさ――伸びしろだな?」
その瞬間、紫の光が二人を包み、遺跡は静かに姿を変え始めた。
阿吽の門は、彼らの“これから”を試す舞台へと変貌していくのだった。




