13
無色王の核は、もはや“王”の形を保っていなかった。
選ばれなかった無数の答えが、渦のように漂っている。
その中心で、ニックは静かに立っていた。
「……レイ」
声は穏やかだが、決意だけが異様に重い。
「ここから先は、君でも見えない」
レイは一歩踏み出す。
「まだ何かあるのか」
ニックは足元の虚空を指差した。
そこには、細い裂け目が走っている。
「そこが切り取り線。つまり、人生のターニングポイントです」
「……切り取ったら?」
「世界が助かる。
だが――君は“正面に立つ者”ではなくなる」
ユイが影から姿を現す。
「どういう意味?」
ニックは、初めてはっきりとした感情を浮かべた。
それは、諦めに似た優しさ。
「完成を否定した世界は、必ず揺り戻す。
新しい“無色”が、何度でも生まれる」
「じゃあ……」
「私が、それを引き受ける」
レイの瞳が揺れる。
「ニック……」
「君が立ち続ける限り、世界は不安定だ。
だが、私が完全な“底”になれば――」
ニックは裂け目を見下ろす。
「混ざり続ける世界は、その上で踊れる」
ユイが声を荒げる。
「それって……
永遠に落ち続けるってことじゃない!」
ニックは、苦笑した。
「メガロっぽいだろ?」
その名前に、空間が軋む。
「彼は“保険”を用意した。
私は“責任”を残す」
レイは、思わず叫んだ。
「そんなの、選択じゃない!」
「違う」
ニックは一歩、裂け目へ近づく。
「これは、私が最後に“選ぶ”ことだ」
そのとき、核の外側で異変が起こる。
無色が再び密度を増し、全てを均そうと押し寄せてくる。
ユイが歯を食いしばる。
「……もう限界よ!」
影が震える。
「もう我慢できないのじゃ!」
「ユイ、待て!」
ニックが手を上げる。
「時間がない。
君たちが決める前に、世界が決めてしまう」
彼は、レイを見て、柔らかく笑った。
「正面に立つ者はな」
「……」
「背中を見せちゃいけない。
だから私は――前に落ちる」
ユイが叫ぶ。
「だったら、私が――」
「拙者にお任せあれ!
……って言いたいところだけど」
ニックは首を振った。
「君は影だ。
影は、底にはなれない」
レイの中で、何かが壊れそうになる。
「待てよ……!」
ニックは最後に、ふと軽い口調で言った。
「なあ、レイ」
「……何だ」
「君の物語さ」
彼は少しだけ、悪戯っぽく笑った。
「胸キュンポイントが…
ちゃんと残ってる」
そして、ニックは裂け目へ身を投げた。
無色が、一気に沈静化する。
核は崩壊せず、“底”を得たことで、世界を支える構造へ変わっていく。
だが――
レイの足元で、水晶球がひび割れた。
メガロの“保険”が、反応を始める。
番人の声が、遠くで響く。
「代償は、必ず残る」
レイは、理解してしまった。
――ニックは救われたのではない。
――世界を救うために、救われない役を引き受けたのだと。
正面に立つということは、
誰かの“落下”を、見届けることでもある。
レイは、震える拳を握りしめた。
それでも、前を向く。
なぜなら――
もう、背中を見せてしまったからだ。




