12
核の中心は、静かだった。
暴力的な圧も、拒絶もない。ただ、徹底的に“均された”空間。
そこに、人の形をした影が立っていた。
「……来たか」
声は低く、穏やかで、感情の起伏がない。
だが、レイには分かった――ニックだ。
「お前が、無色王?」
影は首を横に振る。
「違う。私は“残り香”だ。
無色王とは、私が捨てた答えの集合体に過ぎない」
レイは一歩、踏み出す。
「完成ってやつを、説明してもらおうか」
ニックは、苦笑ともつかない表情を浮かべた。
まるで――苦虫を噛むように。
「完成とは、選ばなくていい状態だ」
「選ばない?」
「善悪、勝敗、愛憎……
すべての分岐点で、迷う必要がなくなる」
ニックは床に手を伸ばし、無色の塊を掴む。
「例えるなら――ブロッコリーの茎の方!」
「……急にどうした」
「栄養はある。味も悪くない。
だが、人は房の方ばかり選ぶ」
無色が形を変える。
「完成した世界は、全部“茎”だ。
差がない。奪い合う理由もない」
レイは即座に返す。
「それは……つまらない」
「つまらない。だが、平等だ」
ニックはレイを見る。
「かつて俺は、迷っていた。
右か左か、正しいか間違いか」
彼は静かに言った。
「かつて俺はスイッチヒッターだった」
「両利き?」
「どちらも振れる。
だが、どちらも“決めきれない”」
無色王の核が脈動する。
「完成とは、振らなくていい世界だ」
その瞬間、レイの中で何かがはっきりと反発した。
「……それは違う」
彼は拳を握る。
「俺は」
レイは、無色の中心を指差した。
「俺は右手だけでお前の情熱を超える」
ニックの目が、わずかに見開かれる。
「不完全なまま、選び続ける。
外れても、傷ついても、だ」
無色がざわつく。
「それは苦しみを肯定することだ」
「そうだよ」
レイは、はっきりと言った。
「でもさ」
彼は少しだけ笑う。
「叔母の子の友達の従兄弟?
……みたいな、どうでもいい繋がりでも」
ユイの声が、影から重なる。
「人は、そこに意味を見出す」
ニックは、しばらく黙っていた。
そして、静かに言った。
「……あんたには感謝以外何もない」
「何に?」
「私が捨てた“迷い”を、
正面から肯定してくれたことに」
無色王の核が、ひび割れ始める。
「完成は、答えだった」
ニックは続ける。
「だが、答えは物語を終わらせる」
彼は、レイを真っ直ぐに見た。
「君は違う。
終わらせないために、前に立っている」
空間が揺れる。
無色は、もはや絶対ではなくなっていた。
だが、まだ崩壊には至らない。
ユイが叫ぶ。
「レイ! 核が“選ばれた”だけよ!
まだ決着じゃない!」
レイは頷いた。
「わかってる」
完成を否定しただけだ。
塗り替えるには、まだ足りない。
無色王は、静かに次の段階へ移行しようとしていた。
――世界を終わらせないための戦いは、
ここからが本番だった。




