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阿吽の門が完全に裏返り、世界の“裏側”が露わになった。
そこには道も空もなく、ただ無数の意味が削ぎ落とされた空間が広がっている。
「……哲学っぽいな」
レイは思わずそう漏らした。
概念だけが残り、形が追いついていない――そんな場所だった。
影の縁から、ユイの声が届く。
「集中しなさい。ここは思考がそのまま重さになる」
「わかってるけどさ」
レイは足元の感覚のなさに、顔をしかめる。
「現実感が薄いと、変なこと考えちまう。
例えば――米が高いとか」
「今それ考える!?」
「だって生活感がないと、自分が消えそうでさ」
その瞬間、空間がざわめいた。
“日常”という概念が、抵抗として働いたのだ。
ユイが小さく息をのむ。
「……いいわ、そのまま進みなさい」
核へ続く通路が、無理やり形を取る。
だが歪みは激しい。
「侵入者、排除」
無色王の防衛反応。
意味を持たない塊が、壁のように迫る。
レイは歯を食いしばる。
「てやんでい、ってやつか」
「雑すぎる!」
だが、その雑さが逆に効いた。
洗練されていない感情は、均しきれない。
ユイが影から跳び出し、警告する。
「来るわよ!」
「……いや、もりもりだな」
押し寄せる無色の密度に、レイは思わず本音を漏らす。
だが足は止めない。
「正面に立つんだろ!」
無色がレイの身体に触れ、記憶が削られ始める。
――遊び場。
――友達。
――夢。
「……っ!」
一瞬、心が空白になりかけた、そのとき。
「レイ!」
ユイの声が、強く差し込む。
「思い出しなさい。
あんた、前に言ってたでしょ」
「何を……」
「**家でゲームがしたい!**って」
レイの脳裏に、鮮明な映像が蘇る。
コントローラー、画面、くだらない会話。
「……ああ」
彼は笑った。
「ボール以外が友達っていう設定だ」
無色王の核が、わずかに揺らぐ。
“孤独”を前提にした完全性が、ズレたのだ。
「人はさ」
レイは、核の中心へ踏み込む。
「世界を救うためだけに生きてるわけじゃない」
紫と白、そして無数の雑多な色が、彼の中でぶつかり合う。
「くだらないことも、逃げたい気持ちも、
全部込みで――俺だ」
核が悲鳴のような振動を起こす。
影の中で、ユイが叫んだ。
「今よ! 保険を使うなら!」
レイは、水晶球を握りしめながら、首を振った。
「まだだ」
彼は、正面に立つ。
無色王の“答え”の、真正面に。
世界が、息を止めた。




