⑩
阿吽の最奥、崩れかけた観測回廊。
床には幾何学模様が走り、まるで道のように枝分かれしていた。
メガロは杖で床を叩き、淡く光る線を指し示す。
「無色王の核へ至る経路だ。だが、正面突破は想定していない」
レイが眉をひそめる。
「正面に立つって言ったのは、あんただろ」
「立つのは“最後”だ」
メガロは苦笑しながら言った。
「ここはな……そこは片側二車線!
力も覚悟も、流れを間違えれば即座に詰まる」
ユイが線の密集具合を見て、鼻を鳴らす。
「……これじゃ、ミチミチだ!
影が入り込む余地がない」
「だから用意した」
メガロは外套の内から、小さな水晶球を取り出した。
内部で、色が絶えず動いている。
「これは“逃げ道”ではない。“余白”だ」
レイが受け取り、首を傾げる。
「余白?」
「正面に立つ者が砕けたとき、
完全に消えないための緩衝材だ」
ユイが覗き込み、鋭く言う。
「……右肘だけではないな?
身体全体に回る構造」
「察しがいい」
メガロは続ける。
「核に触れた瞬間、色は均される。
だから――詰める場所を選ばねばならん」
ユイがレイの背中を押す。
「そこよりここがいいわ。
中心じゃない、少しズレたところ」
「なぜだ?」
「だって気持ちがいいもの。
均されにくい」
レイは苦笑する。
「感覚派だな」
メガロが、ふと思い出したように呟く。
「……昔は右寄りだったんだけどな」
「何が?」
「私の考え方だ」
そして、レイの髪型をちらりと見て言う。
「横分けでござるか?
なるほど、偏りを隠すには悪くない」
「今それ関係あるか?」
「あるとも。世界は偏りで持つ」
メガロは、最後に真剣な声で告げた。
「いいか、止まるな」
「止まらない?」
「そうだ」
彼は、杖を強く床に突いた。
「動いて、動いて、動いて、動いて参る。
均される前に、形を変え続けろ」
回廊が震え、奥で低い唸りが響く。
無色王が、完全覚醒へ近づいている合図だった。
ユイが影に溶けながら言う。
「保険は一回きりよ」
レイは水晶球を握りしめ、前を見据える。
「十分だ」
メガロは、霞んだ目でその背中を見送った。
「……生き延びろ。
それが、私の最後の願いだ」
正面に立つ者は、
砕けることを前提に――なお、進む。
保険は用意された。
あとは、それを使わずに済むかどうか。
阿吽は、静かに次の門を開いた。




