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色は色めく色々と  作者: 境乃 シキ
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阿吽の最深部、色の干渉すら弱まる静謐の間。

古い書架と観測器具に囲まれ、賢者メガロは一人、椅子に腰掛けていた。


「……目が霞む」


そう呟き、彼は水晶のレンズを外す。

震える指先は、かつて世界を切り分けたそれとは思えないほど、老いていた。


「最近近くの物が見えないんだ」


背後で気配が揺れる。


「なら、こうすれば?」


ユイが回り込み、メガロの顎を軽く持ち上げる。


「下から覗き込むんだ!」


「……やめなさい。忍びとは思えん所作だ」


レイはそのやり取りを黙って見ていた。

だが、メガロの顔を正面から見た瞬間、確信する。


――この人は、衰えている。


「随分、静かに会いに来たな」


メガロはレイに視線を向け、微かに笑った。


「正面に立つ者が、ついに来たか」


「聞きたいことがある」


レイは一歩、踏み出す。


「無色王のこと。ニックのこと。

……全部だ」


メガロは、しばらく沈黙した後、深く息を吐いた。


「誰だってアレは嫌さ」


「……何が?」


「完成だ」


彼は言った。


「迷いも、選択も、痛みもない世界。

正解が一つしかない世界」


メガロは、棚から古い人形を取り出す。

中身の抜けた、布の人形だ。


「世界が壊れそうだったとき、私は考えた」


人形の背を裂き、内部を示す。


「つまりは綿を詰める。綿を詰めるといい感じになる」


ユイの目が細くなる。


「……足りない部分を、無色で埋めた?」


「そうだ。均せば、争いは消えると思った」


レイは拳を握る。


「それで、ニックを使ったのか」


メガロは否定しなかった。


「彼は自ら志願した。

世界を救えるなら、と」


「でも、救えなかった」


「救えなかった。だが――止められはした」


メガロはレイを見つめる。


「無色王は、完全ではない。

人の心が混ざったまま、固まりかけている」


レイは、指先の硬直を思い出す。


「固まったら、終わりだ」


「そう。だから私は、君を選んだ」


ユイが低く問う。


「……私じゃなくて?」


メガロは静かに首を振った。


「影は削ることはできても、

正面から割ることはできない」


そして、レイに告げる。


「壊れてもいい。削れてもいい。

また大きくなればいい」


レイは、はっきりと答えた。


「……それは、逃げだ」


メガロは一瞬、目を閉じた。


「そうだ。だから私は賢者で、

君は――前に立つ者だ」


沈黙が落ちる。


ユイが、ぽつりと言った。


「ニックは、まだ中にいるのね」


「ああ」


「なら、私は影として潜る」


レイはメガロを見下ろした。


「最後に聞く。

あんたは――俺たちの味方か?」


メガロは、霞んだ目で笑った。


「……それを決めるのは、君たちだ」


阿吽の奥で、何かが軋む音がした。

無色王が、確実に目覚めに近づいている。


レイは振り返らない。


正面に立つために、

彼は一歩、前へ進んだ。


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