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パンゲニアTRPG ワールドガイド

パンゲニアTRPG ワールドガイド HARD MODE prólogo

作者: 寺内 利喜(原案 出山 大悟)
掲載日:2026/02/28

 デヤマ君に 次回作で出したいキャラクターについて聞かせてもらったので、勝手ながら本編の少し前を想定した短編を書いてみました(本人から許可は出ています)。

 あくまで僕の想像なので、本編とは異なる描写があるかもしれません。ご了承ください。

      ――by テラウチ

 私の名前は ツキマサ・ホヅチ。――否。

 私の思考記録ログブレインの提供者の、本来の名前がそれだ。

 本物オリジナルのツキマサ・ホヅチは ある時から別の名を名乗り、その名前のまま天寿を全うした。多くの人を愛し それよりも多くのモノに愛された、誰から見ても 豊かで幸せな生涯であったと、私の思考記録ログブレインにも残っている。


 それなのに――ハッピーエンディングで閉じたはずの彼の思考記録ログブレインは暴かれ、抽出されて私になった。だが私は、本物オリジナルのツキマサ・ホヅチとは全くの別物である。

 何故なら私には、ツキマサ・ホヅチが最も大切にしていた記録ログが 残っていないからだ。彼が名乗っていた新しい名前も、それを与えてくれたと推測される人物に関する殆どの情報データも。ツキマサ・ホヅチ本人オリジナルを手に入れたいばかりに、私の生みの親は それらの重要な情報データを まるっと削除してしまったのだ。

 ツキマサ・ホヅチ その人を構成していた多くの記録ログを失い、彼によく似た姿の機械人形に搭載されたにもかかわらず、私は全くの別物となってしまった。

 生みの親はツキマサ・ホヅチになれなかった私に失望し、電源を落として放置した。生みの親にさえ存在を抹消された私の電源は、それきり 入ることも ないはずだった。


「よぉーし、よしよしよし! 遂に完成したぜ、俺様の爆速車海老モンスターマシン!!」


 ……待って待って待って。

 なんで 起きたら機体カラダが、巨大クルマエビに なってるのかな?


**


 この赤い大地の名は《パンゲニア》。およそ一万年ごとに、古代の侵略者が遺した巨人兵器《アーカディウス》による《大破滅》を繰り返してきた。

 しかし 次なる《アーカディウス》災害予測《滅びの時》が 約二百五十年後に迫る今、《パンゲニア》の民による巨人兵器討伐は 確実に進んでいる。

 侵略者との攻防は苛烈を極めながらも、地上には 一縷の光が射していた。


**


 どこまでも続く赤い荒野に、一陣の風が通り過ぐ。

 赤い砂塵を巻き散らかして駆けるそれは、騎鋼獣きこうじゅうに跨る旅人――《パンゲニア》の地では《討伐者》と呼ばれる者だ。

 荒野を独り征く彼は、今宵の寝床に相応しい大岩の陰を見つけると、騎鋼獣を停め「ふう」と大きく息を吐いた。

「初めてとは思えない、いい走り心地だぜ。さすが俺様! 天才!」

 悪戯が成功した幼い少年のような顔で、《討伐者》の青年は笑った。そうかと思えば、黙りこくった騎鋼獣のサドルをポンポン叩き、口をへの字に曲げる。

「おい、爆速車海老モンスターマシン! てめぇも俺様を褒め称えろ!」

 乗り物相手に何を言っているのだと、騎鋼獣は困惑している。意思の疎通が上手くいっていない事に勘付き、《討伐者》の青年は騎鋼獣のハンドル中央部を押した。

「すっかり忘れてた。まだ てめぇに、御主人様の名前も教えてなかったな。俺はミタラシ。《アーカディウス》を含む天空兵器を一つ残らずぶっ潰して、いずれは地上で最強になる男だ。マードレが言ってたから 間違いない!」

 銀灰の髪と琥珀色の瞳は 顔立ちによく似合い、柔和に整った印象を与えている。だが それ以上に、浅黒い肌と引き締まった体躯、そして頬に刻まれた大きな傷痕が 精悍さと野性味を感じさせた。よく似た誰かを知っているはずなのに、騎鋼獣の中に その人物の記憶データが見つからない。

「次はてめぇだ。騎鋼獣として乗り回せるように換装しまくったけど、ゴザル丸機体モデルにも戻れるようになってるだろ。名前があるなら教えろ」

『名前……』

 ふと自身の機体を見やると、確かにクルマエビモデルの二輪自動車ではなく、元の機械人形の姿になっている。先刻までの機械獣と機械式車両を合わせた形態が、一般に騎鋼獣と呼ばれているものだ。

「ないなら 今から“エビ天最強無双丸ファイナルエボリューション”だ」

『ツキマサでお願いします』

「チッ」

『なんで舌打ちするんですか』

 ミタラシと名乗った青年は面白くなさそうな顔をしているが、知性を欠片も感じない名前になるのは無事 回避できた。勢いで“ツキマサ”の名を出してしまったとはいえ、他にしっくりくる名前も浮かばない。しばらくは ツキマサのままでも構うまい。

 ついさっきまでミタラシが背負っていた 巨大な射出型武器の銃身部分に、見慣れた自身の顔が映る。直毛の黒髪も 生っ白い肌も、少し吊り気味の目元も 濃いめの眉も、よくぞ生前――青年時代のツキマサ・ホヅチに ここまで似せたものだ。それでも 彼の生やしていた尾羽はないし、脚部も陽の民や堕天の民と同じ形だ。いや、これでいい。遠い昔に、自分はツキマサ・ホヅチとは全くの別物だと 割り切っているではないか。

『ときに、御主人様』

「敬い崇め奉る心を忘れなければ、ミタラシでいい」

『了解です、相棒』

「瞬時に距離詰めんな! 名前で呼べよ!」

 改めてミタラシ青年をまじまじ見ると、装備も武器も ツキマサの知らない形状をしている。素材もパッと見ただけでは、何が使われているのかも わからない。

 『……失礼。先程、《アーカディウス》という言葉が出てきましたが、巨人兵器の災害予測まで あと どのくらいまで迫っているのでしょう?』

「災害予測? ああ、《滅びの時》か。大体 二百五十年後くらいだって、マードレは言ってたな。まぁ、俺様が全部ぶっ潰すから《滅びの時》なんか来ねぇけど」

『二百五十年後……そんなに経ってるのか』

 この機体の電源が落とされる前は、まだ二千年近い有余があった。単純に数えても 千七百年も過ぎている。

『把握できました、ありがとうございます。もう一つ、気になっていたのですが……“マードレ”、というのは?』

「母親のことに決まってるだろ! 母ちゃんとか、ママとか、オカンとか……とにかく、俺にとっての最高の女性そんざい! おい、自分で訊いておいて 何、そっぽ向いてんだよ」

『すみません、ちょっと情報量が多くて』

 “マードレ”とは個人名ではなく、彼の母への呼称だったらしい。しかもミタラシは 結構な母親崇拝者マザーコンプレックスのようだ。幻頭痛に額を押さえる。

「俺のマードレは美人で優しくて何でも知ってて、飯も美味くて世話好きでいつまでも若くて、()()()()()()()()()()くらい強くて……足りねぇのは おっぱいの大きさだけかな」

『ああ はいはい……はい!? 今、何て?』

「おっぱい?」

『違う! その前!! ()()()()()!?』

「もちろん、機械獣も」

 おぼろげながらツキマサの中に浮かんでいた“優しい母親”像が、瞬時に崩れ去る。代わりに浮かんでこようとする筋肉夫人を振り払い、この話題は打ち切ることにした。

『詳しくありがとうございます、理解しました。……さて。じき、日も落ちます。ここで夜を明かす、ということで良いのですね?』

 ツキマサが問うよりも前から、ミタラシは野営の支度を始めている。一人旅も長いようで、手際の良さに ツキマサが手伝う隙はない。

「うん、見張り頼む。今日から 外でも寝られるわ、助かるー」

 これから太陽ネメシスの沈む先に、機械獣らしき影が 鈍く光を反射している。こんな敵性物体が多数うろつく荒野では、孤独な旅人に安らぐひとときなど なかったことだろう。

 『お任せください』と呟いたツキマサへの応答はなかったが、ミタラシが何の疑いも持っていないことは分かる。多少 無防備にも思えるけれど、ツキマサとしてはその方が気を張らずに居られる。

 やがて空の天辺に昇った 白く輝くメネを眺めながら、いつか 記憶の穴に消えた誰かと見ていた気がすると、ツキマサは思い返していた。


**


 何事もなく夜を越え、生物が活動するには充分な明るさと気温を伴う時間となった。ツキマサが“朝”と呼ぶには少し遅いながらも、旅の再開には良い頃合いだ。

『今 現在、目的地などはあるのですか?』

 騎鋼獣形態になっても会話による意思疎通はできると、雑炊のようなものをかき込みながら ミタラシは言っていた。それでも安全運転を心がけてほしいので、機械人形形態のうちに ツキマサは訊ねておいた。

「今、目指してるのは《エルエンビア》。このまま南下して行けば、日が暮れる前には着くはず。……最終目的地のことなら、決めてない」

『《エルエンビア》、ですか。初めて聞きます』

「二百年くらい前にできた、若い集落だからな。ツキマサを見つける前に乗ってた相棒を 預けてあるんだよ。騎鋼獣の修理屋が多いところなんだ」

 「そろそろ行くぞ」と促され、渋々 騎鋼獣形態をとる。本来 装備されていない車両部分には 感覚がない。自分がどんな体勢でいるかも よくわからない。クルマエビ型騎鋼獣の機体には、まだまだ慣れが必要だ。


 ミタラシが想定していたよりも爆速車海老モンスターマシンの走りは快調で、日が暮れる前どころか 昼過ぎには目指す集落、《エルエンビア》へと到着していた。

「乗ってる方はすこぶる快適だったけど、走ってる間 具合悪いとことかなかったか? 《エルエンビア》にいる間なら直せるから、遠慮しないで言えよ」

『問題は ないと思います。違和感も何も ありませんでしたし』

 ミタラシの言っていた通り《エルエンビア》の北門をくぐると、すぐに騎鋼獣を商品として取り扱っている大きな店舗が現れた。てっきりそこに入るものと思っていたのだが、相棒を預けてある場所は その店ではないらしい。通り過ぎても騎鋼獣の看板を掲げる店は、道なりに進むごとに 次から次へと湧いてくる。

「……俺の相棒は ちょっと特殊だから、よっぽど腕の良い店じゃねぇと任せられなくてな。この先の《ルーミエ修理店》っていう所に 持って行ったんだ」

 賑わう大きな店たちを全て通り過ぎ、最後に登場した小さな作業場の前で ミタラシの足は止まった。

 シャッターが全開になっているガレージの中に、髪を短く刈り上げた成人前後の若い女性が 作業している様子が見える。ミタラシの姿に気付くなり、刈り上げ娘の表情が 目に見えて明るくなった。

「ミタラシ! 早かったね、もっとかかると思ってたよ」

 ガレージに近付くにつれて、小さく見えた作業場は意外にも奥に広いことが判る。刈り上げ娘の他にも、多くの作業員が それぞれ手を動かしていた。ミタラシの名前に反応し、何人かの手が止まる。

「適切な報酬がもらえてりゃ、とっくに支払いはできてたんだよ」

 頬を赤らめ歓迎を顔に出す刈り上げ娘に対し、愛想をするどころかぶすくれた顔で ミタラシは返す。

「どうせ あの《充電体》、俺様がいなきゃ倒せなかったじゃねぇか。全額よこせなんて言ってねぇのに、“横取り扱いだから一銭も渡せねぇ”だとよ。礼すらしないとか ふざけんなよ」

「それは……ミタラシが、ちゃんと討伐手続きしてないから……」

「してないんじゃなくて、させてくれねぇんだよ。あーもう、てめぇと話しに来たんじゃねぇ。爺さん呼んでくれ、奥にいるのか?」

傍らで見ているツキマサにさえ読み取れるほどの好意を向けられているというのに、刈り上げ娘の横をするりと抜けて ミタラシは奥へと進んでいく。

「セン爺なら もうこの店には居ねぇよ。ずいぶん前から カリナちゃんに代替わりするって、アンタも聞かされてただろ」

 奥の扉前に陣取っていた 老け顔の男が立ち上がり、ミタラシを制止した。カリナ、というのは刈り上げ娘のことだろう。老け顔の男の言葉に うんうん頷いている。

 「それなら、俺の“黒疾風暴速丸クロハヤテバイオレントスプリンター”は?」当然とばかりに出てくるミタラシの愛機の名に、カリナ嬢の表情が固まる。構わず「爺さんが修理してくれてるはずだろ」と続けるミタラシに、代わって老け顔の男の方が返してきた。

「黒疾風は、あのままじゃ引き渡せねぇ。……天空の民の諜報端末が組み込まれてたんだ。取り外すにも ここでは対処できないから、セン爺に廃材処理場ジャンクヤードで預かってもらってる」

「何だって!? 頼んでもねぇこと、勝手にしてるんじゃねぇよ!!」

 激昂するミタラシに慌てた様子でカリナが割入ろうとするが、老け顔の男はやんわりとそれを阻んで首を振る。

「修理を受けられなかった事自体は ウチの落ち度だ、代わりの騎鋼獣なら用意する。……むしろ、乗り換えを推奨するんだが」

「最新式の、一番カッコイイの 持ってっていいよ!!」

 修理屋の二人の提案に、ミタラシの怒りが消える。そのまま受け入れるのだろうと 二人が安堵を浮かべると同時に、「断る」と ミタラシは背中を向けてしまった。

「代わりの騎鋼獣なら間に合ってる。……黒疾風は マードレが作ってくれた唯一の騎鋼獣オンリーワンなんだ。行くぞ、ツキマサ」

 存在を忘れられているのではないかと疑い始めた頃、ようやく名前を呼ばれた。ここに来てやっとカリナも 美貌の道連れを目の当たりにし、声にならない衝撃を受けている。

 諦めの顔でガレージを出ようとするミタラシを、老け顔の男は呼び止めた。

「……天空の民の諜報端末を黒疾風に仕込んだのは、アンタの母親なのか?」

 老け顔の男が言わんとしていることに勘付いても、ミタラシの歩みは止まらない。

「アンタ、もしや『堕天の民』じゃなくて、『天空の民』なんじゃ ねぇだろうな?」

 ミタラシに投げつけられた問いかけに、作業員たちの視線が集まる。

 振り返りもせず、「知らねぇよ」とだけ残して ミタラシはガレージを後にした。

 黙りこくってずんずん進んでいくミタラシを 小走りに追いかけ、ツキマサもその隣に並ぶ。覗き込んで見ると、何やら考え込んでいるものの さほど深刻な顔はしていない。

『……ミタラシ?』

「ん? 悪い、無駄足踏ませちまったな。このまま廃材処理場ジャンクヤードに向かおう」

 《エルエンビア》の外れ、半分ほど無法地帯に呑まれた辺りに、廃材処理場ジャンクヤードと呼ばれる場所があるらしい。「実質、ゴミ捨て場だ」と ミタラシは鼻を鳴らしていた。


 “廃材処理場”とは名ばかりで、使い途のなくなった機械物がそこら中に積み上げられているだけ。ミタラシの言う通り “ゴミ捨て場”であり、人によっては“宝物庫”でもあるだろう。積み上がった機械獣や騎鋼獣の大小さまざまな部品の間に、ぽつりぽつりと 小さなバラックも見つけられた。

「たまーに状態の良い部材パーツも残ってるんだ。ツキマサの換装に使った部品も ここで集めた」

『私の車両部分は ゴミで出来ていたんですか……』

「ゴミと言えばゴミだし、掘り出し物オタカラと言えば掘り出し物オタカラだ。使えるどころか、型落ちしただけの新古品が埋まってることもあるからな」

 調子の外れた鼻歌交じりに、ミタラシは機械部品の山を眺めて歩く。

「そいつを教えてくれたのが、こないだまであの店にいた“セン”っていう爺さんだったんだ。……他にも、マードレが教えてくれなかったことを、いろいろ教わった」

 地上で生きていくため、『人間』の世界で暮らしていくための『常識』というものを教えてくれたのは、母親マードレではなく セン爺だった。

「黒疾風を返してもらったら、もう《エルエンビア》に 来ることもねぇな」

『いえ、世話になった方なら、たまにで良いから 顔を見せに来てあげなければ』

「……ここの連中は、俺の顔なんか 見たいかね」

 精悍な旅人にお熱な様子のカリナ嬢はともかく、作業員の男たちはミタラシに対して敵性人種ではないかとの疑いを持っている。それはツキマサも自身のカメラで観測している。余計なことは言えなかった。

 廃材の山から何やら拾っては吟味しているミタラシと共に、セン爺という人物の居場所を訊ねて歩く。名前しか出さずとも 知っているという住民にちらほら当たるところから、この辺りでも結構な有名人のようだ。

 《エルエンビア》の外れにある廃材処理場ジャンクヤードのさらに外れに、セン爺の現在の作業場があるという話を聞いた。商いは辞めてしまっても、機械いじりは趣味で続けているそうだ。

「爺さんのことだから、引退してこれ幸いと 違法な騎鋼獣でも造ってるんだろうな。面白そうなのあったら 乗せてもらおう」

『騎鋼獣にも、違法とか合法とかあるんですか?』

「集落とか都に所属してりゃあな。俺様みてぇな余所者には関係ねぇよ」

 『たとえば、どんな……』ツキマサが深掘りしかけたところで、前方から衝撃音と黒煙が上がる。廃材の山のあちらこちらから 住民が飛び出してきた。

「……あんなヤツ、かな」

 黒煙と砂埃の向こうから、牛のような影が姿を現した。

「牛……じゃねぇな……バイソン、違う、ガウル型かな。家畜型騎鋼獣は人気だから 多く出回ってるけど、あのサイズはさすがに違法だ」

 背中に担いでいた自分の得物を下ろし、いつでも放てるようロックを解除する。道中で【ギガントパイル】という名称だと教えられた 巨大な射出式武器を町なかでぶっ放すのも反則行為ではあるのだが、ミタラシが躊躇する気配はない。

 見る間に正面へと迫り来る 主なきガウル型騎鋼獣は、一般的な牛やバイソンの 軽く三倍はありそうだ。荒野をうろつく巨獣と、そう変わりない。

『うわ、デカい!! ……私にも、何か武器になるものを預けていただければ、援護できます』

「ゴザル丸機体モデルは 刀剣が使えるんだろ? 背中に収納してあるぞ」

『背中? 本当だ、こんな長物が入ってた!!』

 どう見ても ツキマサの背中に収まる長さではなかったが、野暮な突っ込みは後回しだ。得意武器が与えられたなら、安心して先手を取れる。

 突撃してくる壁のごとき ガウル型騎鋼獣をひらりと躱し、その回転を利用して足元に斬り込む。金属製の左前肢を斬り落とされ、ガウル型騎鋼獣は前のめりに転倒した。

「マードレほどじゃねぇけど、やるな! ツキマサ」

 楽しげな声とともに、ミタラシも【ギガントパイル】の砲を放つ。頭をブンブン振り回すせいで狙いは僅かに逸れてしまったが、ガウル型騎鋼獣の肩口は大きくひしゃげた。数発でも 命中さえすれば、動きを完全に停止できるはずだ。

 『呪術が使えたなら、すぐに片付いたのに』口の中に呟きつつ、再びツキマサも【機巧刀剣】を構えた。呪術が使えない代わりに、近接向きの能力が機体に備えられている。

 命中率を上げるべく、一歩前へとミタラシが踏み出す。――その瞬間。

 左肩から前肢を失ったガウル型騎鋼獣が、巨体に見合わぬ速さで頭突きを繰り出してきた。重量武器を抱えるミタラシの体が、軽々と跳ね上げられる。

 ミタラシの名を呼びながら、受け支えるべく 落下予測地点へと滑り込む。

 受け止めきれず、ツキマサはただ 潰されるだけの結果になったものの、生身のミタラシへの痛手は肩代わりできたようだ。

「ナイス、ツキマサ! めちゃくちゃ有能じゃねぇか!」

『お褒めに預かり恐悦しご……ぐふっ』

「さすが俺様! 騎鋼獣の改造と調整の天才すぎるぜ!」

『おっと、つまりは自分の手柄ってことなんですね……』

「……とはいえ、長引かせるわけにはいかねぇな」

 すぅ、と細く息を吐き、ミタラシは表情を引き締める「本気で行くぜ」。

 狙いを違えないため、ギリギリまで引きつける。強烈な突撃が来るとわかっていても、ツキマサが間に割り入ることはできない。

 ミタラシの構える【ギガントパイル】の先端に、ガウル型騎鋼獣の額が触れるか否か――止めの一発が撃ち込まれた。

 ガウル型騎鋼獣の頭部は粉々に砕け散り、反動でミタラシも得物を抱えたまま 二回ほど転がっていた。

 倒した敵性物体が完全に停止した事を確認してから、ミタラシに駆け寄る。荒く息は吐いていても、深刻な怪我は無さそうだ。機械の身体には必要ないのに、無意識に ツキマサも安堵の息を漏らしていた。


「やはり、ミタラシには 余裕で斃せちまうようだな」

 遠巻きに眺めている野次馬がいるのには 気付いていた。しかし、背中の後ろからかけられた声は、野次馬にしては落ち着いている。振り返るなり、ミタラシは弾んだ声で「セン爺さん!」と その人物の名を呼んだ。

 ミタラシの尋ね人であったセン爺は、ぼんやりと浮かべていたツキマサの予想とは 似ても似つかない風貌をしていた。

 まず、商いを引退する年齢の老人にしては とてつもなく大柄で、長身と言えるミタラシよりも頭ひとつ以上は背が高い。縦だけでなく横にも恰幅がよく、前に立つミタラシが それこそ子どものようだ。

『貴殿が セン爺さん、で らっしゃいますね。……失礼ですが、種族をお訊ねしても?』

 青黒くゴツゴツとした 甲殻類のような肌を持つ種族など、生前のツキマサ・ホヅチの記憶の中には 映像も画像も残っていない。甲虫の特徴を持つ《雹の民》の亜種かとも思ったが、肌の色合いも 腕の本数も体型やサイズ感も、全く違って見える。

 訝しげな眼だけを返してくる謎の老人の代わりに、無邪気にもミタラシが紹介してくれた。

「ツキマサは《暁の民》知らねぇのか? 海岸地域から流れてきた甲殻類人種だよ。手先が器用で 長生きな人が多いんだ」

『海岸? 《ニッカ砂海》の西対岸の方ですか?』

「違う違う! 砂海じゃなくて、大陸の外側の海岸」

『大陸の外側……?』

 時代が下り、地図はツキマサの知らない場所まで拡がっているらしい。興味はあるがキリがないので、この話題は一旦 保留する。

『なるほど、後々 詳しく聞かせてください。……ところで セン爺さん。先ほど“やはり”とおっしゃっていましたが、この騎鋼獣について 何かご存知で……』

「ああ、そうだ! 爺さん、俺の黒疾風、返して!」

 ツキマサの問いかけを遮り、ミタラシがずい、と前に出る。仏頂面の眉間だけ狭めて、セン爺はミタラシとツキマサ 両者の問いに指差して答えた。

「黒疾風なら、そこで寝てるだろうが」

 鋭く尖った指の先には、頭部と左前肢を失った ガウル型騎鋼獣が転がっている。一度 注視した後で、ミタラシはセン爺に食って掛かった。

「俺の黒疾風は純粋な二輪車両型ライドタイプだったぞ!? 爺さん、勝手に弄くったのかよ!?」

「修理を任せておいて、勝手に弄くるも何もなかろうよ」

 真っ向から返された正論に、ミタラシは ぐっと言葉を詰まらせる。

「まあ、この形態変化は 儂の仕事ではないがな。改造を施した者があるとすれば、そこの機械人形だろう。とんだ八百長だ」

『えっ!?』

 ガウル型騎鋼獣を示していた指先が、今度はツキマサに向けられる。予想外のとばっちりに、否定の言葉すら出てこない。困惑するツキマサを庇い、ミタラシはセン爺を睨み上げた。

「俺もツキマサも、昼過ぎに《エルエンビア》に着いたばっかだぞ! ツキマサなんか、つい昨日まで電源も切れてたんだぜ!? そんな余計なこと できるはずが……」

 唐突に、ミタラシの台詞が途切れる。思い当たる節に 出くわしてしまったようだ。

「ツキマサに似た機械人形……? まさか、マードレ……」

「……案の定、貴様が仕込んでいたわけか」

 顔色の変わったミタラシに、セン爺の向ける眼は 砂漠の夜風より冷たい。

「『堕天の民』にしては出処を全く明かさんし、情報データのない機械人形を連れ回してる。極めつけは ()()諜報端末だ。……懐こい顔で寄ってくるから、すっかり騙されちまったよ」

 唇を噛み締めるミタラシの胸ぐらを引っ掴み、セン爺は低く吐き捨てた。

「出て行け、『天空の民』め」


 結局、ミタラシの愛機であった黒疾風暴速丸クロハヤテバイオレントスプリンターを返してもらうことは出来ず、去り際に投げつけられた諜報端末だけを手に《エルエンビア》を後にした。

 空色の金属的な質感の キューブ状の端末機械を手の平で転がしながら、ミタラシは物思いに耽った様子で歩いていた。

 かつて大きな水たまりが存在したと思しき 広い窪地の手前まで辿り着いた所で、ミタラシの足が止まる。振り向いたその額に、諜報端末をぶつけられた痕が 青痣になって残っていた。

「ツキマサ」『ミタラシ』

 声をかけるタイミングを計っていたのもあり、互いの呼びかけが被ってしまった。気まずさを顔に出すツキマサを見かねて、「何だ?」と ミタラシが順番を譲る。

『わ、私のことはお父さんパードレと呼んでも構いませ』「呼ばねぇよ」

 素早い返答にフリーズするツキマサに、戯けていると取ったのか ミタラシはけらけら笑ってみせた。

「ツキマサにもジョーク機能が搭載されてるんだな! でもレベル低いから、あとあとみっちり鍛えてやる。で、どうした?」

『用件は以上です……』

 「それだけ?」拍子抜けしたミタラシに頷いて返すと、しばし目を伏せてから ミタラシの方も本題に入ってきた。

「あのさ、『堕天の民』とか『天空の民』って……何?」

『そこからっ!?』

 セン爺はミタラシに『常識』を教えてくれたというが、ツキマサから見れば 全く知識が足りていない。互いに充分な情報交換が必要だ。少し早いが 野営の準備をしておいた方が良いだろう。


**


 物心ついた頃には、天空文明の遺跡のような場所で ミタラシは暮らしていたという。自分によく似た兄が何人かいた気がするが、いつの間にか居なくなってしまった。ミタラシを育ててくれたのは、女性型の機械人形だったそうだ。

「多分、ツキマサと同系統形式モデルだと思う。ゴザル丸機体モデルの女型で、顔なんかツキマサとほぼ同一。設計データは完全に消去したって言ってたから、もう生産不可なはず。ツキマサ、よく残ってたよな」

 何の疑いも持たず、ミタラシは己の境遇をツキマサに語って聞かせる。ミタラシが母親マードレと慕う女性は 生みの親でも生身の人間でもなく、ツキマサと同じ顔をした機械人形のことだったらしい。それなら 年を取らないのも巨獣を一撃で仕留めるのも納得できる。しかしツキマサには――ツキマサ・ホヅチの記憶には、引っかかるものがあった。

『ミタラシは、マードレの名前を知っているのですか?』

 やけに真面目な顔で出てきたツキマサの質問に、ダイオウモルモットの串焼きを裏返しながら 軽い調子でミタラシは答える。

「マードレの名前? 【P.and.R.A.】だったと思う。元になった思考記録ログブレインの提供者の名前は知らねぇ」

 消された記憶情報ログデータの周囲が疼く。“パンドラ”という名の機械人形の情報を引き出すには 何の差し障りもない。それなのに 欠落の穴は、不気味に蠢いて感じられる。

「……マードレは、【P.and.R.A.】になる前に、自分や大切な人を メネに住んでる連中に殺されたんだって。だから 俺に地上最強になって、仇を討って欲しいんだってさ」

 朱い夕焼けの反対側にうっすらと浮かぶ 白い天体を見上げ、澄んだ瞳のままミタラシは言う。同じ天体を見上げても、ツキマサは睨め付けずにいられなかった。

『仇を討つと言っても、その仇が 今も月に残っているかは 分かりませんよ』

「そんな事は、俺も分かってる。……でも」

 その言葉が、こんな笑顔で発せられて良いはずがない。

「マードレの願いを叶えてあげれば、マードレは最期まで 俺を愛してくれるって言ってたんだ」

 己を無垢に慕う相手に、そんな条件付けが要るものか。

「だからツキマサも、俺様が地上最強になるために、協力 頼むぜ!」

 きっと、彼女マードレと同じ顔では笑えていない。それでも、ミタラシの眼差しは 真っ直ぐ自分に向けられている。

『承知しました。ミタラシを 最強の《討伐者》に仕上げて差し上げますよ』

 ただし、災厄の人形の願いを叶えるためなどではなく――……

『……救世の英雄として、名を馳せていただきましょう』

 長い時を経て 自分が再び目覚めたのは、大地の姫神の許へ上がった思考記録提供者オリジナルの導きか。それとも、記憶の穴に消えた誰かの 切なる悲願を果たすためか。どちらであっても 構わない。


 私の名前は ツキマサ。

 いずれ救世の英雄となる男と、共に大地パンゲニアを駆ける者だ。



 ―― 黄昏 Otro comienzo ――

 このネタで 連載一本 書けそうですが、これ以上の同時進行はキツいので 無理やり短編に収めました。本音を言えば、長編版も書いてみたいです。

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