08.お届け者は詫びの品
裏口には、まだ外気が薄く流れ込んでいた。
琴吹家が確かにそこに存在していることを確認したあと、全員は扉の近くに集まったまま、荷物のことや寝泊まりの話を続けていた。
家の外壁に照明が反射し、裏通路に細い影がいくつも伸びていた。
その影の中で志帆は自分の袖を引き、ためらうように口を開いた。
「流石に着替えまでは…」
真人は裏口の壁にもたれるように立ち、明るい声を返した。
「これからは着替えも準備しておくよ!」
その瞬間、周囲にいたスタッフ全員が同じ方向へ顔を向けた。
「違う、そうじゃない」
裏口に並んだ影が一斉に揺れた。
次の瞬間、医院の表側のほうから、甲高い電子音が響いた。
ピンポーン。
クリニック入口のチャイムだ。
しおりは裏口から身を乗り出すようにして建物側を振り返った。
「…???何でしょう」
直樹は裏通路から院内へ戻る動線を確認するように足を向け、皆へ視線を向けた。
大地も同じ動きで直樹の横に並ぶ。
「私と大地先生で行きます。皆さんは安全確認が取れるまで院長と大和くんの側から離れないように」
智子は裏通路の暗がりの中で小さく笑い、気持ちを落ち着けるように声を出した。
「頼りになるわ~」
大地は軽く息を吸い、緊張を整えた。
「よし…」
直樹と大地は裏口から院内へ戻り、通路を抜けて表側の入口へ向かった。
歩くたび、外の暗さと院内の明るさが交互に背中へ落ちていた。
受付前に影が伸び、二人はガラス戸の前で立ち止まった。
直樹が扉越しに声をかけた。
「…はい」
すると、外から落ち着いた声が返ってくる。
「お届け物です」
大地は眉を寄せ、直樹へ視線を送った。
「宅配なんて頼んでないのに……」
直樹は少し身を前へ寄せ、慎重に返した。
「……今開けます」
その言葉を遮るように、外の人物が続けた。
「あ、大丈夫ですよ。これ詫びの品なんで。これから頑張ってくださいっていう我々からのプレゼントです」
直樹と大地は一瞬だけ互いの顔を見合わせ、緊張したまま扉に手をかけた。
引き戸を開けると、外の空気とともに光が流れ込む。
その瞬間、見慣れた青白の制服を着た人物が、にやりと笑い──
目の前からふっと消えた。
その残像すら残らないほどの消え方だった。
入口には、白を基調とした見慣れた箱が積まれていた。
直樹は扉の縁を握ったまま、去った人物を思い返すように言った。
「今のは……」
大地は青白い制服の印象を思い出しながら、静かに答えた。
「佐〇急便でしたよね…」
直樹は積まれた箱を見て、疑問をそのまま声にした。
「詫びと言っていましたが…何でしょう?」
大地は一番上の箱を持ち上げ、重さを確かめた。
「あ、結構軽い」
直樹は裏口へ向かって声を張った。
「量があるので手伝ってもらいますか」
裏口からスタッフたちが戻ってきて、入口へ集まった。
全員で白い箱を院内へ運び込む。
裏通路から受付へ、そして通路を通って診療スペースへと次々と流れていった。
志帆は積まれた箱を見て、眉を上げた。
「ずいぶんな量だね」
あすかは箱の宛名部分をひとつひとつ確認しながら言った。
「ほほえみデンタル宛のもあれば、個人宛のもありますね」
真人は段ボールに手を置き、軽く叩くようにして言う。
「んじゃ、開けてみようか」
それぞれが自分宛の箱を手に取り、封を切っていく。
空気がわずかに段ボールの匂いに変わった。
陽菜は中を見て、指先を止めた。
「下着や服が入ってる」
大和は布の感触を確かめるように箱の中へ手を入れた。
「え?どういうこと?」
直樹は箱から送られてきた服を取り出し、思案するように言った。
「……先ほどの者は詫びの品と言っていましたが……」
大地は服を広げながら、少し苦笑するように言った。
「この世界に連れてきてごめんねってことかな?」
直樹は首を傾け、消えた人物の笑顔を思い返す。
「その割には笑っていましたけど」
真人は服を持ち上げたまま、ため息を混ぜずに明るく言った。
「まぁ、何はともあれなんとか何とかなりそうでなによりだ」
直樹は服を畳み、真人へ視線を向けた。
「そうですね」
大地は医院宛ての箱を指で示し、蓋に手をかけた。
「医院宛ての荷物は何だろう…」
蓋を開けると、内部には見覚えのある食糧がぎっしり詰まっていた。
缶詰、袋麺、保存用の水。
どれも日常で使うものばかりだった。
陽菜は箱の端に差し込まれていた白い封筒を取り出し、声に出した。
「あ、なんか手紙が入ってる」
封筒の中には短い文が書かれた紙が入っていた。
『明日と明後日の内覧会を楽しみにしている。頑張りたまえ』
陽菜は紙を持ち上げたまま、皆へ読み上げるように言う。
「……だそうです」
その瞬間、志帆の表情が一気に変わった。
拳に力がこもり、額に影が落ちる。
「なぁぁぁんじゃこいつぅうぅぅぅ!!ふざけとんのか!!」
真人はあわてて手を振り、距離を取った。
「わぁぁぁあ!!志帆がキレた!!」
智子は志帆の腕を押さえに走りながら叫んだ。
「志帆先生落ち着いてください!!」
大和は真人の肩を両手でつかみ、揺さぶるように言った。
「院長!奥さんでしょ!!止めてください」
真人は全力で首を横に振った。
「無理!」
すずは志帆と智子の間へ入ろうと手を伸ばしながら叫んだ。
「志帆先生!!」
騒がしい声が医院の内部へ響き、裏口から差し込む外気がその音を軽く押し返していった。
その賑やかな声の中で、ほほえみデンタルクリニックの新しい毎日が始まろうとしていた。
次章
第2章 『ほほえみデンタル、内覧会という挑戦』は、
1月20日 17時より投稿を開始します。
どうぞ、お楽しみに。




