06.ほほえみデンタルLevel1
テレビの画面には、異世界へ来る前はまったく映らなかったステータス表示が、室内の照明を受けて淡く光っていた。
画面の黒いガラス面にはチェアのライトが反射し、診療室全体の輪郭が揺れるように映り込んでいる。
スタッフたちは自然と画面の前に集まり、床に散らばった器具や紙片を避けるように立ち位置を整えながら、無言でその奇妙な表示を見つめていた。
大地はテレビへ近づき、反射光を避けるように少し顔の角度を変えた。
画面に浮かぶ文字列を追い、声を出した。
「ほほえみデンタルクリニック……レベル1…」
テレビに映るステータスを見る。
直樹は画面に並ぶ項目へ目を細め、文字の列を確認するように視線を上下に動かした。
「従業員数も表示されてますね」
つむぎは画面の枠に近づき、年齢欄が表示されている数値を確かめるように目の距離を調整した。
「年齢もばっちり」
智子は横から画面をのぞき込み、表示されている「職業」欄へ目を向けた。
反射した光が智子の頬に細い線を描く。
「職業もだね」
大和はテレビ台の反対側へ回り込み、画面下部の区分表示を確認するようにゆっくり腰を落とした。
そこには職種ごとに区切られた項目が並んでいる。
「Dr、DH、DA……ちゃんと分けられてる」
志帆はテレビへ近づき、画面の端へ目を向けた。
右下の角に、小さな袋のようなアイコンが控えめに光っている。
「あ、画面の隅っこになんか在庫ってあるよ」
大地はテレビ台に置かれていたリモコンを持ち上げ、ボタンを押しながら画面の在庫アイコンへ向けた。
光の点滅がテレビに反射し、アイコンの縁が揺れた。
大地はリモコン操作をして在庫のアイコンをタップする。
あすかは画面の中央へ身を寄せ、表示が切り替わった部分を確認した。
院内の備品名や数字が表のように並んでいる。
「院内の部材や薬剤の在庫を表示してるんだ」
すずは画面に映る数値へ視線を滑らせ、思わずつぶやいた。
「数一致しているのかな?」
しおりはテレビへ近づき、表示された項目を指でなぞるように視線だけを移動させた。
そこに並ぶ数字が、現実の棚の在庫と一致しているのか気になった様子だった。
「確認してみよう!」
スタッフたちは散らばった器具を避けながら移動し、棚や引き出しを開けて在庫を確認し始めた。
滅菌パックの袋が擦れる音や、薬剤ボトルを動かす小さな音が室内に連続して響く。
直樹は棚の引き出しを閉じ、テレビの前へ戻った。
「一致してますね」
大地は画面の表示へ戻り、項目の文字を追いながらつぶやくように言った。
「でも、在庫としか書かれてないから種類がわかりにくいかも」
大和は腕を組みながら画面を見た。
表示された文字の列は一定だが、区分までは分かれていない。
「せめて投薬、麻酔、技工関連とか分類分けされてたらな……」
すずは受付側から少し歩き、販売棚のほうへ視線を向けた。
その棚には歯ブラシやマウスウォッシュが置かれている。
「受付まわりもせめて販売品ごとに分かれていると助かります…」
しおりはテレビの表示に気づき、画面中央の少し上へ目を止めた。
そこに新たな文字列が浮かび上がっていた。
「ねえ、画面になんか出てきたよ」
『歯科医院レベルが上がると分類分けを開放できるよ』
画面の表示が静かに光り、その一文だけがはっきりと浮き上がっていた。
スタッフ全員がその文を読み、視線を揃えるように画面へ集中した。
全員の声が重なる。
「………レベル上げの基準は!?」
志帆は画面へ顔を寄せ、文字列を確認しながら肩を落とすように息を吐いた。
「便利なんだか不便なんだか……」
ゆかは画面の横へ立ち、何か気づいたように眉を寄せた。
「………ん?」
志帆はゆかのわずかな変化に気づき、顔を向けた。
「どうしたの?ゆかちゃん」
ゆかはテレビと院内を交互に見て、ゆっくりと言葉をつないだ。
「いや、ふつうにテレビつけたし、在庫確認しましたけど…。電気は?在庫減ったら注文は?」
全員は一斉に静まり、次の瞬間、同じ方向へ視線を向けた。
診療室の壁沿いにあるコンセントや、作動し続けている機材のランプが目に入る。
全員が同時に声を漏らした。
「…………あ…」
大地は冷蔵庫へ向かい、扉を開けた。
庫内の灯りが白く光り、冷気が足元へ流れた。
「冷蔵庫冷たかった!電源入ってた」
美里は大地の言葉を聞き、驚いたようにテレビと冷蔵庫を交互に見た。
「え?どういうこと?!」
真人は湯気の立つマグカップを両手に持ちながら診療室の入り口から現れた。
湯気がライトに照らされて細かく揺れている。
「みんな~……温かいお茶入れたけど飲む~?」
大和は目を大きく開き、真人へ勢いよく顔を向けた。
「院長!!?」
真人は自分が驚かれる理由が分からないように首を傾けた。
「え?なに??」
大和は短く呼吸を整え、少し間を置いて言った。
「……飲みます」
真人はにこやかにマグカップを差し出した。
「はいどうそ~」
陽菜はその光景を見ながら大和のほうへ視線を送った。
(大和。よく耐えた。まためんどくさい説明なんていやだ)
大和はマグカップを受け取りながら、陽菜の方向へわずかに目を向けた。
(もっと褒めて)
智子は湯気の立つカップを見つめたあと、志帆へ視線を流した。
(いざとなったら志帆先生にまかせます)
しおりはそれを聞くようにわずかに頷いた。
(異議なし)
志帆は軽く肩を動かしながらマグカップを受け取った。
(あの人の扱いは任せな)
スタッフたちは目で会話をしながらお茶を飲む。
湯気が立ち、診療室の冷たい空気に溶けていった。
直樹はカウンター側へ体を向け、明日へ向けた現実的な問題を切り出した。
「とりあえず…明日の内覧会どうします?」
志帆はマグカップを軽く持ち直し、画面を一度見てから答えた。
「まぁ、やるだけやってみよか」
つむぎは突然身をこわばらせ、声を上げた。
「あぁぁああ!!!」
志帆は驚いてつむぎへ身を向けた。
「今度は何!?」
つむぎは両手を胸の前で握り、叫ぶように言った。
「私たち帰る家がない!!」
全員の顔が同時に強張り、そして理解した瞬間、重く息を漏らした。
全員の声が重なる。
「あ……」




