05.状況整理会議
診療室へ戻った全員は、散乱した器具の間を慎重に歩きながら中央へ集まっていった。
チェアのライトは揺れが止まった今も一定のまぶしさを保ち、金属器具の表面に白い光を反射させていた。
床には小さな紙片や落ちた手袋の箱が広がり、異常事態の余韻が室内の空気に薄く残っていた。
真人はその光の中央に立ち、周囲を見回しながら言葉にならない戸惑いを押し出すように口を開いた。
「え?…?え?どういうこと?」
真人の声は揺れており、視線もあちこちを泳いでいた。
大地は足元の器具を踏まないよう位置を調整し、真人の正面に立った。
明るすぎるライトに照らされた表情は落ち着いているが、その背後に広がる散乱した診療室との対比が混乱の現実を際立たせていた。
「だからね。院長先生。俺たち、なんか知らないけど日本とは違う世界に来ちゃったんです」
真人はチェアの影が床に伸びているのを見つめ、そこに答えが落ちていないかのように視線を止めた。
落ちた器具の反射光が揺れ、まとわりつくような静寂が部屋に漂う。
「どうして?」
問い返す声は弱く、掴みどころのないままだった。
大地はチェア横のモニターに一度目を向け、電源が入ったままであることを確かめるようにしてから肩をすくめた。
「さぁ?」
その応答の短さが、逆に状況の異常さをはっきりさせた。
あすかは器具棚の扉を押し戻し、落ちたトレーの位置を足で避けながら、真正面にいる真人へ体ごと向けた。
「来ちゃったもの仕方なくないですか?」
棚の金具が戻る小さな音が室内に響き、あすかの声がその上に重なった。
真人はその音の方角を追うように顔を向けたが、次の瞬間にはまたあすかを見つめ返していた。
「なんでそんな冷静なの?」
陽菜は消毒液のボトルを拾い上げて元の位置に置き、真人の横に歩み寄った。
振り返ったとき、ライトの光が陽菜の髪を照らし、揺れた影が床を滑った。
「院長。現実を見よ」
その短い一言が、室内の空気をすっと引き締めた。
真人は陽菜へ視線を向けたあと、助けを求めるように志帆を見た。
「え?なんでそんな受け入れてるの?」
志帆は真人のそばへ歩み、わずかにかがんで視線の高さを合わせた。
背後のチェアからの反射光が彼女の首元を照らしていた。
「真人さん。私がいるやろ?」
真人は志帆の表情を見て言葉につまったように目を瞬いた。
「志帆さん……」
志帆は真人の肩へ軽く手を添え、迷う余裕を与えないようにわずかに押した。
「あんたは黙ってついてきな」
その言葉に真人は呼吸を飲み込み、抵抗できないまま視線を下げた。
「志帆さん……」
志帆は指先で真人の胸元を軽く叩いた。
乾いた音がライトの下で響いた。
「ほれ、洗脳完了」
その場にいた大和は脚を軽く開き、状況を把握しきれないように真人と志帆の間を視線で往復した。
スクラブの裾をつまんだまま一歩踏み出す。
「いやいや…洗脳って」
志帆は大和へ向け、肩を揺らしながら答えた。
「真人は考えだしたら理解するのに時間かかるんや。こうしといた方が楽や」
智子は倒れたカルテ用ファイルを拾い上げ、志帆のほうを向いた。
ライトの下でファイルの角が白く光った。
「流石ですね」
志帆は片手を腰に当て、胸を張るように姿勢を整えた。
「何年夫婦やってると思てんの」
床の紙片を避けながら直樹がこちらへ戻ってきた。
姿勢を立て直し、志帆へ問いかける。
「確か、大学時代からの付き合いでしたよね?」
志帆は少し視線を外し、昔を思い返すように空間へ目を向けた。
「長いやろ~……」
あすかは床に落ちたカタログの束を拾い、抱え直しながら志帆へ声を向けた。
「学生結婚なんてよく親が許しましたよね」
志帆は片手を持ち上げ、話題を止めるような動きをした。
「……って、今はそんな話ちゃうねん」
直樹は背筋を伸ばし、会話を戻すように軽く頷いた。
「そうでした」
陽菜は床の器具を軽く避けながら輪の中心へ戻った。
「なんで異世界に来たのか」
しおりは受付方向から数歩進んで輪に加わり、胸の前で指を揃えながら口を開いた。
「私たち単純に建物ごと転移しただけなのか、それとも」
ゆかは隣に立ち、倒れていたパンフレットを拾い上げながら言った。
「あの地震で亡くなって何らかの理由で転生したのか」
すずは入口側に向けて一歩近づき、外の明かりを確かめるように視線を向けた。
「でも……だとしたらその、神様?みたいな存在に出会ったりしません?」
大和は胸元へ両手を掲げ、足場を整えるように少し重心を下げた。
「それもなし。……異世界に来たなら試したいことがあるっス!」
あすかは大和が何をするのか確かめるため、すこし体を前に傾けた。
「なに?」
大和は大きく息を吸い込み、手のひらを真っ直ぐ前へ突き出した。
「ステータスオープン!!」
声が診療室の天井に響き、照明の光がその姿勢を強調した。
あすかは勢いに押されるように一歩踏み出してしまった。
「おぉ!!」
志帆は眉を寄せ、大和の姿勢を上から下まで確認した。
「……ステ……?」
智子は腕を組んだまま志帆の横へ立ち、視線だけを志帆へ向けた。
「志帆先生。初老は黙って若人についてきなさい」
志帆は急に振り向き、智子へ目を向けた。
「あんたも失礼やな」
大和は手のひらを見つめながら位置を変え、何度か角度を変えて確認していた。
「………なんもでてこない」
志帆は大和の横へ歩き、手元をのぞき込むように顔を寄せた。
「出てこんのかい!」
つむぎは壁際のテレビ台へ向かい、倒れたリモコンを拾ってスイッチへ親指をかけた。
画面は黒いままだが、周囲のライトを受けてガラス面がわずかに光った。
「あ~あ…せめてテレビさえつけばよかったのに」
あすかはつむぎの横へ寄り、テレビとつむぎを見比べた。
「こんな時にテレビなんて見てられないでしょ」
つむぎはリモコンを見つめ、動きには迷いがあったが親指を押し込んだ。
「それもそう」
つむぎがなんとなくテレビのスイッチを入れる
画面が一瞬光り、見慣れない文字が薄く浮かんだ。
つむぎは息を止めたように画面へ顔を近づけた。
「あ」
あすかは反射的につむぎの横へ歩み寄った。
「なに?」
つむぎは画面を指差し、声を震わせた。
「ステータス出てる」
大和はその言葉に反応し、テレビへ駆け寄るように足を速めた。
「そっちにか!」




