08.共有された現状
あすかの言葉に、全員が同じ方向を向いている。
ここまでに出てきた話が、もう個々人の中だけで抱える段階ではなくなっていた。
あすかが一歩前に出て、改めて口を開く。
「陽菜ちゃんと大和が、訪問先候補を見つけてきてくれました」
場の空気が、わずかに変わる。
それは期待というより、話が次の段階へ進む合図だった。
「え?そうなの」
真人の声には、驚きがそのまま乗っている。
「すごいじゃないか」
志帆も素直に感心した様子だった。
その流れの中で、大地が一言添える。
「ただ……」
一拍置かれたその言葉に、真人がすぐ反応する。
「ただ?」
言葉の続きが、良いものか悪いものか。
どちらに転ぶかは分からない。
あすかが視線を落とし、慎重に続ける。
「入れ歯とか必要な人がいた場合……」
途中で止めなくても、その先は全員に伝わっていた。
「技工所か……」
志帆が、答えを確かめるように口にする。
「はい」
大地の返事は短い。
「弱ったね……」
真人の言葉は、現実的な問題をそのまま表している。
「まぁ、需要があるかわからないですけどね」
あすかは一歩引いた言い方で、状況を整理する。
「しばらくは外来診療だけで頑張りますよ」
大地の言葉は、今できることに焦点を当てていた。
「そうだね」
真人もそれに同意する。
無理に広げる段階ではない。
そこへ、直樹が資料を手にしながら前へ出た。
「こちらも医療ギルドで手に入れた情報を共有しますね」
全員の視線が集まる。
「はい」
短い返事が、いくつも重なった。
直樹は一つ息を整えてから話し始める。
「まず、この国の医療は教会がすべて管理しているようです」
言葉が場に落ちる。
誰も否定はしないが、簡単に受け入れられる内容でもない。
「あ、そういえば側溝掃除のおばさんも教会がどうとか言ってた」
陽菜の一言で、話が現実の出来事と結びつく。
「新しい医療技術はすべて教会が独占しているみたいです」
直樹の説明が続く。
「は?」
智子の声は、思わず漏れたものだった。
「ここも噂が耳に入ったら狙われる可能性があるかと」
静かだが、重い言葉だった。
「こわいですね」
ゆかが率直な感想を口にする。
直樹は続ける。
「相手がどう来るかわからないのでどうすることもできませんが、医療ギルドとしてはこれ以上教会に技術を盗まれたくないようなので全面的にこちらを支援してくれるようです」
一方的な不利ではない。
だが、安心できる状況とも言えなかった。
「……普通教会って弱い者の味方っすよね?」
大和の疑問は、素朴だからこそ場に残る。
「イメージはそうやな」
志帆も、その認識自体は否定しない。
「ま、どうなるかわからないけど……。わたしたちのデンタルクリニックを盗ませやしません」
陽菜の言葉は、決意というより確認だった。
「うん!」
全員の声が重なる。
それぞれの立場は違っても、向いている方向は同じだった。
「みんな………」
真人は言葉を探すように、視線を巡らせる。
その空気を切るように、大地が明るく言い切った。
「でも、技工所とかを含めてそういう問題は全部院長と副院長が解決してくれるので信じてます!」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、真人が声を上げた。
「いやな予感の正体はこれだった!」
場の緊張が、少しだけ緩む。
「お家帰る~」
志帆の一言に、空気がさらに和らいだ。
「ここが家です」
智子の即答が、締めくくりのように響いた。
共有されたのは、問題だけではない。
今、何が分かっていて、何が分かっていないのか。
その現状そのものだった。




