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ほほえみデンタルクリニック、異世界で開業しました  作者: ポン吉
第4章『ほほえみデンタル、はじまりの日々』

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06.聞いてきた話

ほほえみデンタルの中には、夕方特有の静けさが戻ってきていた。

先ほどまで床に残っていた水気はすっかり拭き取られ、モップやバケツも片付けられている。

掃除のあと特有の、わずかに湿った空気だけが、院内に薄く残っていた。


スタッフたちはそれぞれの持ち場に戻りながらも、完全に作業へ意識を切り替えきれていない。

誰もが、さきほど陽菜が口にした言葉の続きを待っている。

はっきりとした結論が出ていない話題ほど、場に残りやすい。


その空気を動かすように、陽菜が改めて口を開いた。


「依頼先に行って色々話を聞いてみたら、なんか寝たきりの人とか動けない人が集められている施設があるんですって」


一息で言い切ったあと、言葉だけが先に場へ落ちる。

寝たきり。

動けない。

その単語は、どれも重い説明を必要としない。


それぞれの頭の中で、違う光景が浮かび上がる。

だが、どれも明るいものではなかった。


あすかは腕を組み、慎重に問い返す。


「老人ホーム的な?」


言葉としては軽いが、含んでいる意味は深い。

医療と生活の境界にある場所を、どう捉えるかという問いでもあった。


陽菜はすぐには頷かず、少し考えてから答える。


「さぁ?そこまでは聞けなかったけど……。でも、口腔ケアの需要が高まれば話は来るかもしれないでしょ?」


確かな情報ではない。

だが、完全な憶測でもない。

実際に現地で聞いた話だからこそ、軽く流すこともできなかった。


大地は顎に手を当て、少し視線を落とす。


「……まぁ確かに」


言葉は短いが、同意の意味ははっきりしている。

口腔ケアは、元気に歩ける人だけのものではない。


智子はその流れを引き取り、静かにまとめる。


「……2人の専門が輝く場所はあるってことだね」


断定ではない。

けれど、可能性を否定しない言い方だった。


あすかはそこで、さきほどから頭の隅に引っかかっていた点を口にする。


「ちなみに問題って……」


言い終わる前に、背後から声が飛んできた。


「技工所っす」


振り返ると、大和が奥から歩いてきている。

髪はまだ少し湿っていて、乾かしきれていないことが一目で分かった。


その様子を見た瞬間、しおりの反応は早かった。


「あ~~~~!!髪の毛まだ濡れてる!!そこ掃除したばっかりなのに!!」


声と同時に、視線が床へ向かう。

さっきまで丁寧に拭いた場所だ。


大和は即座に返す。


「ちゃんと拭いたっす」


しおりは一歩近づき、床を指さす。


「しずくが落ちてるじゃん!!」


言われてみれば、小さな水滴が確かに残っている。


「拭きが甘かっただけっす」


大和の返答は軽いが、言い逃れではない。


「ああん?!」


その声を聞いた瞬間、大和は迷いなく動いた。


見事な土下座を決める大和。


勢いが良すぎて、逆に誰も次の言葉を失う。


智子は一度咳払いをして、話題を本筋へ戻した。


「……こほん……。まあ、そうだよね」


技工所の問題は、冗談では済まない。

場の全員が、それを理解している。


あすかは少し間を置いてから、考えを口にする。


「歯がない人ばかりとは限らないけど……多分きっと色々問題がある人が多いんだろうね」


噛めない。

手入れができない。

それ以外にも、想像できることはいくつもあった。


大地はゆっくりと頷く。


「う~ん……確かにそういう施設があるっていうなら………声掛けくらいはしてもいいかもね」


踏み込む前の、様子見。

それくらいなら、今でもできる。


「ですね」


あすかも同意する。


大地は肩をすくめるようにして、結論を口にした。


「技工所とかは院長と副院長に全部何とかしてもらいましょうか」


聞き慣れた流れに、誰かが小さく笑う。


「ですね!」


あすかの返事は、妙に歯切れがいい。


智子は最後に、念を押すように言った。


「まぁ、今ある問題は全部院長と副院長に何とかしてもらいましょう」


その言葉で、場の方向性が揃う。


「さんせ~い」


軽い声が重なり、話はひとまず区切られた。



その頃。

医療ギルドでは、まったく別の空気が流れていた。


真人は、理由のはっきりしない違和感を抱えたまま、椅子に深く腰掛けている。

胸の奥に、嫌な予感だけが溜まっていく。


「……すっごくすごく嫌な予感がする」


志帆は書類から目を離さず、淡々と返した。


「今日、クリニックに帰りたくない気がするわ」


直樹は二人のやり取りを見て、首を傾げる。


「何を言っているんですか?」


説明できる理由は、まだない。

だが、その予感だけは、不思議と一致していた。

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