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ほほえみデンタルクリニック、異世界で開業しました  作者: ポン吉
第4章『ほほえみデンタル、はじまりの日々』

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04.芽のようなもの

側溝の底に溜まっていたものはすべて取り除かれ、水だけが流れていた。

家の前に広がっていた湿り気も、時間とともに落ち着きつつある。

依頼人はその様子を一通り眺め、視線を二人へ戻した。


「陽菜さん?」


呼ばれて、陽菜はすぐに言葉を返さなかった。

何を、どこから説明すればいいのか。

これまで当たり前に使ってきた言葉が、この場ではそのまま通じないことを、すでにいくつも経験している。


「こう……??」


依頼人の指が、遠慮がちに自分の口元をなぞる。

その仕草を見て、陽菜の中で説明の輪郭が定まった。


「口腔ケアといって、お口の中のお掃除や悪いところがないかを診るんです」


短く区切った言葉は、理解を求めるというより、まず存在を示すためのものだった。


「……???」


想定していた反応が、そのまま返ってくる。

陽菜は一度言葉を止め、噛み砕く必要があると判断する。


「わたしたち、ほほえみデンタルクリニックっていうその………お口の中の病気を専門に見るスタッフなんです」


説明を重ねながらも、どこまで伝わっているのかは分からない。

それでも、言葉を置かなければ始まらない。


「……つまりお医者さん?」


問いは、理解しようとする側から投げられたものだった。

大和は、その言い換えが少しだけ違うと感じながら、補足に回る。


「あ、俺たちは先生の指示を受けてお口の中のお掃除をしたり色々補助したりするっす」


完全に否定するわけでもなく、肯定とも違う位置に言葉を置く。

依頼人は、その曖昧さを受け止めるように考え込んだ。


「……教会での治療とは違うのかい?」


この国では、医療といえば教会だ。

その前提が、会話の底に静かに横たわっている。


「?????教会がどういうことをしているのかわからないですけど……」


陽菜の返答は、正直なものだった。

知っている範囲でしか、話はできない。


「少なからず分野的には違うと思うっすよ?」


大和の言葉は、完全な説明ではない。

けれど、違いがあるという事実だけは、はっきりと置かれる。


「うん……多分はい……」


陽菜も、その線をなぞるように同意する。

確信ではなく、経験から来る感覚だった。


「そのほほえみ……なんとかっていうのはどこにあるんだい?」


依頼人の関心は、具体的な場所へ移った。

話が、現実に足を下ろし始めている。


「ここにあります。この家からだとあっちの方かな?」


陽菜は通りの先を指す。

生活圏の中にあるという事実を、距離で示す。


「近所の人たちがなんか新しい店かなにかできたって噂していたけど……あなたたちだったの」


噂と目の前の人物が、ここで結びついた。


「はい!」


大和の返事は、迷いがなかった。

隠す理由も、否定する理由もない。


「……今日は何で?」


服装や道具を見て、ふと浮かんだ疑問だった。


「今日はお休みで、趣味です!」


二人の声が重なる。

仕事ではないという事実が、場の緊張をわずかに和らげた。


「へぇ……」


依頼人は短く息を吐く。

評価とも納得ともつかない、ただの反応だった。


「口腔ケアは……興味があったら来てください」


陽菜は押しつけることなく、選択肢として言葉を置く。


「口腔ケアねぇ……」


依頼人の声には、考える余地が残されていた。


「予約……順番性なんで、来てすぐってわけにはいかないっすけどね」


大和は現実的な条件を付け足す。

期待だけを膨らませないための一言だった。


「……まぁ考えておくよ」


その返事は、断りでも約束でもない。

ただ、話を聞いた結果としての言葉だった。


会話はそこで終わった。

残ったのは、側溝の流れと、さきほど交わされた言葉の重みだけだった。


冒険者ギルドへ戻る道は、来たときと変わらない。

それでも、口にした内容は、頭の中で何度か反芻されている。


「口腔ケア」という言葉が、この街の中でどう受け取られるのか。

答えは、まだ先にある。


ギルドの扉をくぐると、すぐに声がかかった。


「おかえりなさい。お疲れ様です。精算するので待ってください」


「は~い」


控えを差し出し、待つ間に言葉が交わされる。


「結構な重労働だったっすね」


「ま、仕方ないよね」


軽い会話の裏で、別の話題が顔を出す。


「陽菜さんがいきなり口腔ケアの話し始めたときは焦ったっすよ」


「ごめんごめん。でも、すこしでも……ね」


言い切らない言葉に、考えが滲む。


「でも、あすかさんと大地先生の専門である訪問診療は需要が高まれば声掛け来るかもしれないっすね」


可能性としての話が、具体性を帯びる。


「……そうだね。………ただ、問題があるとしたら……」


「技工所……っすよね」


避けて通れない点が、静かに共有される。


「こればかりはなあ……」


「う~ん……どうしたものか」


答えは出ないまま、受付の声が割り込んだ。


「お待たせしました~。本日の依頼料です」


「は~い」


手渡された袋は軽い。

けれど、今日交わされた言葉は、それよりも確かに残っていた。

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