03.小さな問いかけ
冒険者ギルドの壁一面には、さまざまな依頼書が重なって貼られていた。
文字の多い紙もあれば、一行だけで用件が済んでいるものもある。
色とりどりの紙の中で、短い文で終わっている依頼が目に留まった。
大和はその紙をじっと読む。
「Fランクができる仕事……」
陽菜も同じ紙を見て、書かれている内容を追う。
依頼文には、家の側溝掃除という短い言葉が並んでいた。
「まぁ、街のことを知りたいし、まずは無難にこの家の側溝掃除とかじゃない?」
大和は一度だけ紙から目を離す。
「そっすね」
依頼書を持って受付に向かう。
カウンターの向こうで、受付が紙に目を通した。
「はい。こちらの仕事ですね~。受理します。こういうのってFランクの人でもやりたがらなくって困ってたんですよね~」
陽菜は一言だけ返す。
「あ~ね」
大和は依頼内容を思い浮かべる。
「3K……っすね」
受付が首を傾ける。
「3K?」
声が揃う。
「きつい・汚い・危険」
受付は依頼書を手元に置いたまま言う。
「あぁ……でも、危険ときついっていうのは当てはまらないかもですね」
陽菜は依頼の種類を思い出す。
「冒険者だし危険はつきものか」
大和も自分たちの仕事を並べた。
「きついもそうっすね……。魔物討伐とかダンジョン攻略とか……」
残った一つに陽菜の言葉が向かう。
「汚いだけが敬遠されがちってことか」
受付は苦笑い交じりに答える。
「……お恥ずかしい話ながら………」
二人は同じことを口にした。
「世界でもそういうお仕事事情は日本と変わらないか……」
受付だけが、その言葉の意味をつかめない。
「????」
陽菜と大和は手続きを済ませ、依頼書の控えを受け取る。
「じゃ、いってきま~す」
受付が声を張った。
「はい。いってらっしゃ~い」
依頼先の家は、住宅が途切れかけたあたりに建っていた。
石畳の道の脇に、家の前から裏手に向かって側溝が続いている。
縁の隙間から覗くと、底は遠く、湿った土と水の色が暗く見えた。
戸口から姿を見せた女性は、二人の顔を見るなり小さく頭を下げる。
「ごめんなさいね~……屈むのがつらくって……」
大和は片手を上げる。
「気にしないで下さ~い」
陽菜は側溝の深さを確かめる。
縁から道具を差し入れても、底まで距離がある。
「この側溝……結構深い」
大和は底に溜まった泥や落ち葉の量を目で追った。
「こりゃぁ敬遠されるっすね」
陽菜は依頼主の顔に視線を戻す。
「………おばさん……一人なの?」
依頼人は戸口の中のほうへ一瞬目をやってから答える。
「息子が一人いるけど……冒険者になって色々飛び回ってるんだよ」
大和は短く声を出した。
「なるほど……」
二人は側溝の蓋をずらし、道具を差し入れて泥をかき出していく。
流れの止まった水と一緒に、枯れ葉や砂利が地面の上に積もっていく。
時折、声が家の前から届き、その合間に土の擦れる音が続いた。
陽菜は側溝の底を見ながら、表面に残った汚れを道具で寄せていく。
最後のひと塊をすくい上げて、道の端に寄せた。
「こんなもんかな?」
依頼人は家の前から歩み寄り、掃除の跡を眺める。
「ありがとうね~……助かったよ~」
大和は額のあたりを指先で触れる。
「うへ~……顔べとべと」
依頼人は家の中へ戻り、布を持って出てくる。
「ほれ、このタオルで顔とか拭きなさい」
陽菜は両手で受け取った。
「ありがとうございます」
依頼人は二人の顔と側溝の中を見比べる。
「あたしはまだ歩けるからいいけど……。寝たきりのところもあるからねえ……なかなか」
陽菜は口を開く。
「ギルドに依頼は出しているんですよね?」
依頼人は少し視線を落としながら答えた。
「小さい子供がお小遣い稼ぎにたま~に来るくらいだよ」
大和は短く相槌を打つ。
「なるほど……」
陽菜はタオルを少し握り直す。
側溝の底に残った水が、ゆっくりと道の先へ流れていく。
「……あの、寝たきりの人とか体が思うように動かせない人はどうしているんですか?」
依頼人は顔を上げた。
「大体がそういう人たち専用の施設に入って過ごしているけど……。医者ではどうすることのできない人たちばかりだからね……。死んでいくだけだよ」
その言葉のあと、二人の口は同時に閉じる。
「…………」
陽菜は依頼人の顔ををまっすぐ見た。
「あの……口腔ケアって興味ありますか?」
相手は聞き慣れない言葉を繰り返し首を傾げた。
「口腔ケア?」
大和が陽菜の名前を呼ぶ。
「陽菜さん?」




