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ほほえみデンタルクリニック、異世界で開業しました  作者: ポン吉
第3章『ほほえみデンタル、異世界の医療へ一歩』

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08.院長、やっと気づく

内覧会が終わった翌朝、琴吹家の食卓には人数分の朝食が並んでいた。

席にはすでに何人かが座り、まだ眠気の残る顔で箸を持っている。

その一角に、真人も腰を下ろしていた。


「……おはよう……みんな」


真人がいつもより少し小さな声であいさつをした。

視線だけがゆっくりと卓をなぞる。


「おはようございます。院長……よく眠れましたか?」


向かい側からそろった声が返る。

いくつもの視線が同時に真人に集まった。


「うん……昨日は疲れたからね………」


言い方に力はなく、言葉も途中で途切れがちだった。

どこか歯切れの悪い真人だった。


「真人さん……ほら、ご飯食べ」


志帆が手元の茶碗を軽く押しやる。

食卓の上には湯気の立つ皿と湯飲みが整っていた。


「……いただきます」


真人は両手を合わせてから、いつものように箸を取った。

動きそのものは普段と変わらない。


「………院長……大丈夫ですか?」


智子が様子をうかがうように声をかける。

真人の顔色を観察するように、目が一度だけ上下した。


「あ……うん……」


真人は短く答えた。

真人は静かに食事をとっている。

会話に割り込むことも、冗談を挟むこともなく、卓上の料理だけを順番に口へ運んでいた。


「真人さん……」


志帆が控えめに名を呼ぶ。

それ以上は続けず、箸の動きだけを追った。


「おはようございま~す」


廊下のほうから大地の声が響き、足音が近づいてくる。

扉が開き、寝癖の残る頭が顔を出した。


「おはよう……」


真人は短く返事をする。

表情の変化はほとんどない。


「……おはようっス」


続いて大和も部屋に入ってきた。

声の調子はいつも通りだが、視線は真人の様子を確かめている。


「おはよう大和くん…」


真人は名前を呼んだあと、また茶碗へ目を戻した。


「……智子さん、院長どうしたんっスか?」


大和が席につきながら、小さめの声で尋ねる。

視線は智子のほうへ向けられていた。


「朝起きた時からずっとこの調子なんだよ」


智子が同じく声を落として答える。

小声で話していると大和と智子。

会話の内容だけが、周囲の耳に届かないように抑えられていた。


廊下からは、別の足音も聞こえてきた。

次々と起きてくるスタッフが、順番に部屋へ入ってくる。

椅子が引かれ、食器の触れ合う音が食卓のあちこちで重なった。


「みんな……そろったね……」


真人が箸を置き、ゆっくり顔を上げる。

卓を囲む人数を数えるように目を動かした。


「はい」


全員の返事が揃う。

朝のあいさつはすでに済み、全員が席に着いていた。


「……あのさ……もしかしてだけど」


真人が前置きのような一言を落とす。

その場の視線が再び真人に向き直った。


「はい」


返事は短いが、耳は全員が真人のほうへ向いていた。


「ここって、日本じゃない?」


食卓の上に視線を落としていた何人かが、同時に顔を上げる。

真人の口からようやく出てきた言葉は、その場の全員がすでに知っている事実だった。


「…………はい」


返事はすぐに返ってこなかった。

それでも、否定は一つもなかった。


「やっぱり……昨日の犬の子とか鬼の子とかいろいろ来てたでしょ!?なんか違うな~って思ってたんだよね!!いつから?!」


真人の言葉が少し早くなる。

内覧会で出会った姿を、順番に思い出しているのが言い回しから伝わる。


「3日前から」


全員の口から同じ答えが出た。

声の高さもほとんど揃っていた。


「内覧会前日じゃん!え?なんで?」


真人の問いは素朴な疑問そのものだった。

箸を持った手が止まり、問いだけが卓の上に残る。


「知りません」


返ってきたのは、そっけないほど簡単な答えだった。

誰も説明できず、誰も事情を把握してはいない。


「そっかぁ……」


真人は短く息を吐き、視線を落とした。

それ以上追及しても、答えが出ないことはすぐに分かった。


「どうすんの?内覧会終わったけど」


志帆が、話の方向を先へ進める。

現状の確認よりも、この先の動きを決めるほうが先だという調子だった。


「う~ん……来ちゃったもの仕方ないよね。この世界で歯科治療していこうか」


真人は少し考えてから言葉をつなげる。

戻れないなら、ここでやることを続けるしかないという結論だった。


「……せやね」


志帆がそれを受け入れる。

異論を挟む理由はどこにもなかった。


「え?院長。それだけですか?」


あすかが思わず口を挟む。

もっと混乱したり、悩んだりするのではないかと予想していた分、その簡潔さに戸惑いがにじんでいた。


「ん?だって来ちゃったんだし、2週間後開業するってお披露目しちゃったし。やるしかないでしょ」


真人は当然のことのように言う。

内覧会で住民に約束した内容を、なかったことにするつもりはなかった。


「それはそう」


美里が静かに同意する。

昨日までの準備と説明を思い返せば、その一言に反対する理由は見当たらない。


「とりあえず、何ができるか話し合わないとね。……まぁ、とりあえず今日は内覧会お疲れ様でした。…ってことでゆっくり体を休めてね」


真人は朝から重い話ばかりを続けるつもりはないようだった。

開業に向けて考えるべきことは多いが、まずは一度休むことを優先させる。


「は~い」


いくつもの返事が重なった。

椅子の背にもたれかかる者、湯飲みに手を伸ばす者、それぞれの動きが少し緩んだ。


「医療ギルド行く?」


志帆が話題を変える。

内覧会のあと、次に動くべき場所を確認するような口ぶりだ。


「サムさんのところ?行く行く」


真人はすぐに答えた。

昨日まで世話になった相手の顔が、自然と頭に浮かぶ。


「私も色々と情報収集したいのでご一緒します」


直樹が手を挙げる。

受付や案内で見えなかった部分を、今のうちに聞いておきたいのだろうということが、その言い方から伝わる。


「そうだね~……技工所とかも探さないとね」


真人は、診療を続けるうえで必要な相手のことを思い浮かべる。

詰め物や被せ物を作る相手がいなければ、治療できる範囲も限られてしまう。


「……院長。それだけじゃないですよ」


智子がそこで口を挟んだ。

視線は真人のほうに向けられたままだ。


「え?」


真人が素直に聞き返す。

今考えていたこと以外の問題が、まだ残っているという知らせだった。


「通貨とか材料とかいろいろ……どうやって手に入れるか問題があります」


ゆかが具体的な点を並べる。

診療を続けるには、器具や材料だけでなく、その支払いに使う物も必要になる。


「あ、そっかぁ……」


真人は口を半開きにしたまま間をあけた。

現地の仕組みをまだ何ひとつ知らないことを、ここで改めて突きつけられた形になる。


「本格開業前に問題山積みだ!……でも、みんなで協力すれば乗り越えられるよ」


真人は最後にそうまとめた。

一人で抱え込むのではなく、この場にいる全員で取り組む前提で話を締めくくる。

食卓を囲む顔ぶれは変わらず、これから向き合う現実だけが新しく並び始めていた。

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