06.守るべき医療の場所
建物の中を進む足音が、一定の間隔で床に落ちていく。
さっきまで機械の前で続いていたやり取りの名残が、耳の中にまだ残っていた。
「……いやぁ……あぁいう機械で一発で身分確認ができるって便利だな」
口に出した途端、さっき見た画面や装置の形が、頭の中で順番に並び直されていく。
「本当ですね。いったいどんな仕組みなんでしょうね~」
中身には手が届かないまま、外側だけを思い返す言い方だった。
目に入っていたのは、カード、画面、ボタン、それだけだ。
「いや、なによりも患者の飲んでいる薬とかもわかるっていうのがいいな」
どこまで分かるのか、という話に向きが変わる。
さっき見た画面の中に並んでいた文字列が、一つひとつ読み上げられる前に思い出される。
「ほほえみデンタルは俺たちの国の医療を発展させてくれるぞ……」
さきほどまでいた診療台や受付の景色が、その言葉の中に一緒に含まれていた。
この国の中で、あの場所だけが少し違う位置に置かれているような感覚になる。
「……あそこだけは教会から守らないと……」
足取りそのものは変わらないのに、話題の向く先だけが別の方向へ折れた。
名前を出した場所の周りに、別のものが張り付いていることを思い出させる言い方だった。
「そうだな……。医療ギルド……聞こえはいいですけどな……」
口にした肩書きと、実際にやっていることの差が、そのまま言葉の中に滲んでいた。
表に並ぶ文字と、内側で動いている仕組みとが、きれいに重なっていないことは誰の目にも明らかだった。
「……裏じゃ墓場ギルドなんて呼ばれてますけど……」
正式な名ではない呼び方のほうが、実際の様子には近かった。
日常的に耳にしてきたその呼び名は、冗談として片付けるには引っかかるものが多すぎる。
「………」
言葉を足せるものはまだいくつもあったが、その一拍のあいだはどちらも口を閉じていた。
足音だけが前へ進み、やり取りだけがその場に残る。
「全部教会のせいですよ。……医療技術も何もかもぜ~~~~んぶ持って行って」
溜め込んでいた文句が、決められた順番で吐き出されていく。
どこから手を付けても同じ場所へ行き着くような内容は、とっくに言い慣れているものだった。
「高い寄付金払わせて……。治せなくなったらポイ捨てしてうちに押し付ける。……医者はそういう患者を診とるだけ……」
目の前の現場で繰り返されている流れを、そのままなぞるような言い方だった。
誰がどこで何をしているのか、順番に追っていけば、最後に押し付けられる相手だけがはっきり残る。
「……歯が痛くなって教会で治してもらってもすぐまた痛くなる……。その理由もわかったしな」
さっきカードを通したときに見えた情報と、教会でのやり方とを並べてみれば、答えは簡単に出てしまう。
それを口にするのはこれが初めてではなかったが、今は以前よりもはっきりした形で言葉になっていた。
「ですね」
短い返事が、その結論を受け取った印になった。
それ以上、補足する必要はないという合図でもあった。
「住民が理解できるように頑張ってくれ!」
最後の一言は、愚痴ではなく頼み事として前へ押し出された。
誰に向けられているのかは決まっていて、その役目を託すことに迷いはなかった。
「オッス!!」
濁りのない返事が返る。
そこでこの場での話は一区切りになり、足音は出口のほうへ向かっていった。
サムたちが帰ってからもちらほらと住民が見学にきていた。
一度少なくなったと思った人の姿が、扉の開閉に合わせてまた増えたり減ったりを繰り返している。
「直樹さんが作ってくれたこれ!めっちゃいいわ~」
受付のあたりで弾んだ声が上がる。
その声の近くには、今日のために用意された物がいくつも並んでいた。
「お役に立ててよかったです」
返事の調子は落ち着いているが、その中にはやり切った感覚が少し含まれていた。
ここまでの準備と、今日一日の説明が無駄ではなかったことだけは分かる言い方だった。
「大人や子供も納得してくれて……すごいっス」
どの年代にも同じように通じたことが素直に口にされる。
言葉で伝えるだけでは足りないところを、見せて触れてもらう形にした甲斐があった。
「こっちでは歯磨きの葉っぱっていうので、歯を磨いていただけみたいだしね……」
この国のやり方が一つ紹介される。
それは自分たちにとっては珍しいが、向こうにとっては当たり前の習慣だ。
「いやぁ…文化の違い?」
言いながら、自分たちの側にある常識のほうを少し下げて見るような言い方になる。
違っていること自体が良い悪いではなく、「そういうもの」として受け取るしかない。
「なんというか……全体的にこちらの常識が通じない……。まぁ世界が違うから仕方ないけど」
今日一日で感じた食い違いが、短いまとめのように口をついて出る。
言葉の意味は伝わっても、その前提となる考え方は同じではない、ということだけははっきりしていた。
「………そんなことより、院長が獣人や鬼?っていうの?」
話題が急に別の方向へねじ曲げられる。
さっきまで歯や道具のことを話していた口から、まったく別の種類の疑問が出てきた。
「オーガっすね」
短く返された答えは、曖昧さのない一語だった。
ごまかしても仕方がないことなので、そのまま名を出すしかない。
「オーガ……とかと普通に話しているのが……大丈夫なの?」
問いかけのほうには、実際に見た印象と、自分の中にある昔話のようなイメージとのずれが混ざっている。
診療のやり取りを思い返しても、そのどちらに寄せていいのか判断がつきにくい。
「………あぁ……まぁ、あとちょっとで内覧会終わるから……」
問いに答えを出し切る代わりに、時間の話が持ち出される。
今日の区切りまで残されたわずかな時間のほうへ、意識をそっと向け直す言い方だった。
「??????」
言葉にならない声がいくつも重なる。
納得とも驚きとも言い切れない反応だけがその場に残り、内覧会の終わりまで続く残りの時間を押し出していった。




