03.フラグ回収やめてください!!
受付付近の空気は落ち着いていた。
外から届く呼び込みの声が、壁に触れて薄くなる。
志帆はそこに立ち、静かな空気をそのまま受けていた。
しおりとすずの影が並んで近づいてきた。
足音が床に触れるたび、ほんの小さな揺れが起こる。
「え?広報の人が来てくれるって?」
志帆の声が落ちると、空気が一度だけまとまった。
「はい。あとで連れてくるって言ってました」
すずの声は静かに広がり、受付の角でやわらかく止まる。
「ギルドの方にも問い合わせが来るんですって」
しおりの言葉がその上に重なった。
三人のあいだに細い間が生まれる。
「……ギルドの方でも説明してくれるっていうならほんまに助かるわ……」
志帆の声が少し沈み、空気がゆっくり落ち着く。
「そう……ですね」
返事が吸い込まれるように小さく収まった。
「ん?……なんか問題でもあったん?」
志帆が二人を見る。その視線が空気に淡い線を引く。
「……サムさんが私たちを見て“小さい子”って……」
しおりの声がほんの少し揺れた。
その揺れがすずの足元の影に触れる。
「小さい子……」
志帆の声が、場に落ちてからゆっくり消えていった。
「私たち、いくつに見られているんでしょうか……」
すずの言葉が細く流れ、空気の端に残る。
「…………あ、広報の人来たら呼んでや」
その言葉だけが少しだけ速く、空気の層を押した。
「逃げた」
しおりが小さく呟く。
声が床に沈んで、すずの影が短く揺れる。
「……異世界の人からしたら私たちって子供みたいなんですかね?」
すずの視線がガラス戸の向こうへ流れる。
その先の光がふわりと揺れた。
「う~ん……海外に行っても日本人は若く見られがちだからねぇ……」
しおりの声が、受付周りに淡い層を作る。
扉が開く気配が空気を押し広げた。
サムが立っていた。眼鏡の奥に光が入り、ローブの端が静かに揺れる。
その隣に、もうひとつの影がある。
「うちの広報担当のリンだ」
サムの声が短く落ち、その横で気配が揺れる。
「よろしく。犬族のリンです」
落ち着いた声が静かに流れ、耳の形を際立たせるような影が揺れた。
「はじめまして。よろしくお願いいたします」
しおりとすずの声が揃う。
その瞬間、ふたりの視線がそっと交差した。
(しおりさん!!院長にどう説明しますか!)
すずのまなざしが鋭く寄り、空気の一部がわずかに緊張する。
(フラグ回収しちゃったじゃない!!誰よ獣人が来るって言ったバカ!)
しおりの瞳の動きが、ほんの一瞬だけ強く光った。
(今はそれどこじゃないです!!)
すずのまばたきが速くなる。
音はないのに、場が少しだけ揺れる。
(志帆先生と……大和さんとあすかさんを呼んできて!!)
しおりの目の角度がわずかに変わり、廊下のほうへと細く誘導する。
(わかりました)
すずのまつ毛が一度だけ強く沈む。
二人は声を出さず、空気だけでやり取りを続けていた。
「今、志帆先生を連れてくるので少々お待ちください」
しおりの声が表面に現れ、緊張が一度だけほどける。
「いいよ。あ、デンタルクリニックの外観だけ写真撮らせて」
リンの声が軽く流れ、機械の気配が空中に持ち上がる。
「あ、は~い」
しおりの返事が外へ伸び、気配が扉の向こうへ吸い込まれていく。
廊下の空気が揺れ、志帆が振り返る。
「志帆先生……広報の方来ました」
すずの声が静かに広がる。
「あ、そうなの?」
志帆の声が落ち着いて響く。
「それが……」
すずの言葉の途中で、空気が一度止まった。
「それが…?」
志帆の声がその止まった空間に触れる。
「犬族の方なんです!!」
すずの声がはっきり落ち、場が一瞬だけ張りつめる。
「…………」
志帆の沈黙が、静かな重さをつくった。
「志帆先生、俺たちがついてます!」
大和の声が間を支えた。
「さ、行きましょう」
あすかの声がその隣に寄り添う。
「せやね……」
志帆の声が空気をならし、歩みが受付へ戻る。
三つの影が、受付前の光の中へ入った。
「あ、あなたがフクインチョーのシホ先生ですね」
リンの声が静かに落ちる。
「初めまして。副院長の志帆です」
志帆の声がまっすぐ返る。
「初めまして。医療ギルドの広報担当のリンです。今日はよろしくお願いします」
リンの言葉が丁寧に空気を撫でた。
「はい。こちらこそよろしくお願いします。………さ、中へどうぞ」
志帆の声が導線をつくり、空気が流れる。
「俺も色々細かい話を知りたいからな……一緒に見学させてもらうよ」
サムの声が後ろから重なる。
「どうぞ……」
志帆の声に導かれ、二人の影が待合の奥へ進む。
「……へぇ……これがデンタルクリニック……」
リンの声が空間に柔らかく響く。
リンは写真を色々撮っている。
シャッター音はなく、ただ空気の揺れだけが残る。
入口、待合、診療室へ向けて、視線と機械の角度がゆっくり移っていく。
淡い光がレンズに触れるたび、場が静かに整っていった。




