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ほほえみデンタルクリニック、異世界で開業しました  作者: ポン吉
第3章『ほほえみデンタル、異世界の医療へ一歩』

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01.今日もみんなで内覧会

内覧会2日目の朝、ほほえみデンタルクリニックの中は、静かな気配に包まれていた。

受付カウンターの上にはパンフレットが重ねて置かれ、端がそろえられている。

診療室ではチェアの位置が確認され、ライトは消えたまま天井を向いていた。

器具台には滅菌パックが並び、透明な袋越しに金属の先端が揃っている。

誰も座っていない待合室の椅子には、昨日の人の出入りの名残だけが残っていた。

スタッフたちはそれぞれの持ち場の確認を終え、自然と診療室の中央付近に集まっていく。

制服や白衣の布が擦れ合い、小さな衣擦れの音が重なった。


真人が一歩前に出て、胸の前で両手を軽く握る。

目の前には、昨日と同じ顔ぶれが一列に並んでいた。


「よ~し。昨日の反省点も生かして今日も頑張るぞ~」


声が診療室の奥まで届き、天井に跳ね返る。

返ってきた響きが静かな空気を揺らした。


「はい!」


いくつもの声が一度に重なり、短く響いて消える。

真人は頷き、握っていた手をほどいた。

スタッフたちの顔に向けて視線を順番に流していく。


列の端で、しおりが玄関のほうへ目を向けた。

ガラス戸の向こうには、まだ人影の少ない通りがぼんやりと見える。

隣に立つすずの様子を横目で確かめ、口を開いた。


「すずちゃん。外行こッか」


呼びかけに、すずの肩がわずかに揺れる。

握っていた指先に力が入り、視線が足元からゆっくり上がった。


「はい……」


言葉が出たあと、すずは制服の裾をそっとつまみ直す。

胸元で呼吸が小さく上下し、踏み出す足の重さを確かめるように立ち位置を少し変えた。


つむぎが二人のほうへ一歩近づき、すずの顔を覗き込む。

目線の高さを合わせるように軽く腰を落とし、表情を緩めた。


「本当に無茶しないでね!」


声は明るく、言葉の端にだけ少し強さが混ざる。

すずは小さく頷き、唇を結んだ。


そこへゆかが斜めから近づき、手に持っていたメモを胸元で折りたたむ。

視線はすずに向けたまま、落ち着いた調子で口を開いた。


「すずちゃん。呼び込み無理だったらいつでも言ってね。交代するから」


すずは二人の顔を交互に見て、胸の前で両手をぎゅっと握る。

靴のつま先がほんの少し前へ出ていた。


「大丈夫です!!」


短く強い声が出て、周囲の空気が少しだけ軽くなる。

その勢いに合わせるように、しおりが自分の胸を指先でとんとんと叩いた。


「………ねぇ、私の心配は?」


つむぎは顔だけをしおりのほうへ向けて、目元を細める。


「しおりさんは大丈夫って信じてる」


ゆかも軽く肩をすくめて、続けて言った。


「むしろすずちゃんを困らせないか心配」


言葉が終わると同時に、しおりの眉がきゅっと上がる。

口元をへの字に曲げて、足元で床をこつんと蹴った。


「心外だ!!」


診療室の空気に、いつもの調子の声が混ざる。

その響きに、すずの表情も少し緩んだ。


受付側から様子を見ていた志帆が、腕時計をちらりと見下ろす。

針の位置を確認してから顔を上げ、声をかけた。


「ほら、あと少しで内覧会始まっちゃうよ~」


呼びかけに、四人は同時に玄関のほうへ向き直る。

靴箱の前でそれぞれが足を運び、靴を選んで履き替える。

紐を締める音が短く続き、玄関マットに靴底が並んだ。


「は~い」


返事が重なり、扉のほうへ歩き出す。

引き戸が開く音とともに、外の空気が細く院内に流れ込んだ。

しおりが先に出て、その後ろをつむぎとゆか、最後にすずが続く。


扉が閉まり、外の声が少し遠くなった。

志帆は四人の背中を見送りながら、胸の前で息を整える。


「ま、元気なのはいいことか」


背後から近づいてきた足音が一つ。

智子がエプロンの紐を整えながら志帆の隣に並ぶ。

さっきまで片付けに使っていたタオルを畳みながら、小さく息を吐いた。


「……突然知らない世界に連れてこられて……帰れるか帰れないかわからないのに。それでも不平不満を言わずに頑張ってくれている……。健気ですねぇ」


志帆は受付や診療室を見渡し、スタッフたちの動きを目で追う。

それぞれが自分の持ち場で、当たり前のように手を動かしていた。


「ほんまやで……私たちがしっかりしんとな……」


智子は小さく頷き、ふと思い出したように周囲を見回す。


「院長は?」


志帆は視線だけを診療室の奥へ滑らせ、白衣の裾を指先でつまむ。


「あれは…………」


二人の視線の先で、真人と大地が並んでモニターの前に立っていた。

パノラマとCTの画面を前に、大地が画面の一部を指し示す。

真人は真剣な顔で頷き、横に置かれた技工物の見本へも目をやる。

机の上には昨日使った説明用の模型もいくつか並んでいた。

画面の光が白衣の袖に薄く映り、二人の影が床に伸びている。


志帆はその様子を見つめたまま、短く息を吐いた。


「…………いつか現実を見せなあかんな」


智子は口元に笑みを浮かべて、志帆の横顔をちらりと見る。


「いつやるの?」


志帆は肩を軽くすくめ、真っ直ぐ前を見た。


「いつかやろ」


受付カウンターの内側で書類を揃えていたあすかが、その会話に耳を傾ける。

手を止めずに、書類の端をとんとんと揃えながら小さくこぼした。


「今でしょ。じゃないんだ……」


カルテ棚の前にいた直樹が、予約台帳を閉じて顔を上げる。

ページの角をきちんと揃えてから、ゆっくりと台帳を所定の位置に戻した。

胸ポケットに差したペンの位置を指先で直し、静かな声で言う。


「昨日の来院者は人ばかりでしたけど……。獣人とかそのほかの種族が来たらどうなるんでしょうね」


受付カウンターの外側でパンフレットを並べていた美里が、その言葉に顔を上げる。

手元のパンフレットの束を持ち直し、角を軽くそろえ直した。


「その時は……志帆先生か大地先生にバトンタッチで院長は奥に引っ込んでもらいましょう」


診療室のほうでトレーを扱っていた大和が、金属音を立てないように手元を落ち着かせる。

器具の位置を確認してから、顔だけをこちらに向けた。


「異議なし」


志帆は受付、診療室、玄関のほうと順番に視線を動かす。

それぞれがやるべきことに戻っていく様子が、ひとつの流れになって見えた。


「……ほんま、しっかりしたスタッフたちやで……」


その言葉に返事をする者はいない。

代わりに、用意していたパンフレットの束が揃えられる音や、モップが床を滑る音が静かに続いた。

診療台のライトが一つずつ点き、チェアの表面に白い光が落ちる。

モニターには説明用の画面が映し出され、いつでも使えるように待機していた。


玄関の外からは、しおりたちの呼び込みの声が時々届いてくる。

声が強くなったり、少し間が空いたりしながら、通りの空気に混ざっていく。

その響きがガラス越しに伝わり、院内の静けさの中に小さく揺れを作った。


受付カウンターの上では、直樹と美里がパンフレットと予約台帳の位置を整える。

診療室では、大地と大和が器具の準備を終え、チェアの周囲を一通り確認した。

通路では、智子とあすかが説明用の資料をトレーに載せて並べていく。

小さな物音がいくつも重なり、内覧会2日目の準備が静かに積み上がっていった。

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