06.医療ギルドに行ってみよう
屋内の光がやわらぎ、来場者がひととおり引いたあと、静かな空気が院内に戻っていた。
スタッフがそれぞれ持ち場へ散っていく気配の中、志帆は白衣の袖を整えながら一度深く息を吐く。
そこへ、先ほど案内を受けていた住民の女性が足音を立てずに近づいてきた。
「じゃぁ、奥さん。医療ギルドに登録しに行きたいから案内お願いしますね」
向かい合った住民が、柔らかく表情を緩めて頷いた。
口元には、先ほどの説明を思い返した余韻がまだ宿っている。
「あたしも色々とお口のこときけて勉強になったわ」
志帆は白衣の裾を整え、住民との距離を適度に保ったまま声を返した。
立ち位置を半歩だけ調整し、説明を続ける。
「お口のケアの約束もしてくれて…診療所が本格的にスタートしたら待ってるからね」
住民は頬に触れるように手を上げ、ゆっくりと頷いた。
声には日常の素朴な実感が滲んでいる。
「いつまでもおいしくご飯は食べたいからね~…」
その言葉に重なるように、軽い足音が通路を走ってくる。
つむぎが姿勢を整え、白衣の影を見つけるとぴたりと動きを止めた。
「あ、おばさん。志帆先生とどこに?」
住民は肩を揺らし、つむぎの呼び方に反応して顔を向けた。
視線には不満というより、訂正の意志がありありと乗っている。
「あたしはおばさんじゃないよ。アンナさんとお呼び」
つむぎは姿勢を正し、素直に返した。
「は~い。アンナさん」
アンナ――と名乗った住民は満足げに頷き、志帆のほうを指すように顎を動かした。
「あんたの所のフクインチョーを医療ギルドに連れて行くのさ」
つむぎは興味半分の声で返す。
「ふ~ん」
その背後から、ゆかが歩いてきて小さく言葉を落とした。
「医療ギルド……」
続いて大和が前に出て、胸へ軽く手を添えた。
「俺も一緒に行くッス。…フォローのために」
つむぎとゆかは顔を見合わせ、ほぼ同時に声を漏らした。
「あぁ…」
志帆はその反応に眉を寄せ、二人へ鋭い視線を送った。
「あぁってなんやねん」
つむぎは襟元をつまみ、わずかに言いづらそうにしながら答えた。
「ギルドとか言われても、どうせピンと来てないんでしょ?」
志帆は首を小さくかしげ、潔く返す。
「来てへんよ」
ゆかは両手を胸の前で合わせ、真面目な声音を落とした。
「大和さん。志帆先生のことくれぐれもよろしくね」
大和は握った拳を胸元に近づけ、勢いよく返事をした。
「任せて!!」
志帆は横目でその様子を捉え、呆れを含んだ吐息を漏らした。
「失礼な奴らやな」
アンナは肩を揺らしながら楽しげに笑った。
「面白いね~…あんたたち。さ、医療ギルド行くよ」
志帆は診療室の奥へ目を向け、控えているスタッフへ声を投げた。
その声は呼吸を整えた落ち着きがあった。
「行ってくるわ……智子さんにあの人のフォロー頼んでいるけど、いざとなったらよろしく頼むよ」
ゆかは手を挙げて明るく応えた。
「は~い」
つむぎも軽快な調子で声を重ねた。
「まかせてくださ~い」
白衣と制服の足音が重なり、志帆・大和・アンナの三人が入口へ向かって歩き出す。
扉が開くと外気が流れ込み、院内の空気がわずかに揺れた。
つむぎはその背中をしばらく追い、腕をゆっくり下ろした。
「……行ったね」
ゆかは胸元へ指先を寄せ、表情を曖昧にしながら呟く。
「大丈夫かなぁ?」
つむぎは視線を通りへ向け、腰に手を当てて軽く息をついた。
「大丈夫っしょ。…さ~て呼び込み呼び込み」
ゆかは受付台のほうへ視線を送って現状を確認する。
「呼び込みって言ってもさっきのアンナさん以外まだ誰も見に来てくれてない…」
つむぎは院外の通りを覗くように身を乗り出し、人の気配を探すように目を細めた。
「う~ん……こっちのことをチラチラ見てる人はいるんだけど……」
ゆかは頬に手を当て、声を迷わせながら呟いた。
「やっぱり聞きなれない言葉だからかなぁ?」
つむぎは腕を組み直し、視線を遠くへ向けた。
「志帆先生が医療ギルドの誰かを連れてきたらワンチャンあるかな?」
ゆかはつむぎの言葉をかみしめ、ゆっくり頷いた。
「………ありそうだよね」
つむぎは手を腰に置き、前へ体を戻しながら声を高めた。
「ま、とりあえず根気よく呼び込み続けますか」
ゆかもその勢いを受け取り、深く息を吸い込んでから声を落とした。
「だね」




