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ほほえみデンタルクリニック、異世界で開業しました  作者: ポン吉
第2章『ほほえみデンタル、内覧会という挑戦』

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04.いよいよ始まる内覧会

受付カウンターの上には、折り目のそろったパンフレットと書類の束が重ねて置かれている。

まだ人の少ない待合室には、新しい床材の匂いと、微かに残る消毒液の匂いが混ざっていた。

壁の時計の針が刻む音が、小さく一定の間隔で天井に返ってくる。


カウンターの内側で腕時計を見下ろしていた真人が、ゆっくりと顔を上げる。


「さぁて、内覧会開始の30分前。業者の人も様子見に来てくれるって言ってたけど…。なんか来ないね。まぁお昼くらいに来てくれるのかな?」


言葉の終わりと同時に、腕を下ろした手がぶらりと揺れる。

入口のほうから覗き込んでいた大地の口元に、力の抜けた笑いが浮かんだ。


「ははは…」


その声が白い壁に当たり、待合室の静けさの中で淡く散っていく。


真人はカウンターの前に立ち直り、並べた資料の端を指で軽く押さえた。


「今日と明日の内覧会が終わったら2週間後に開業だ。今日と明日は開業後の患者さん呼びこみも兼ねてるからみんなで頑張ろう」


声が室内の隅まで届き、スタッフたちの視線が自然と一点に集まる。

入口側に立っていた志帆が、腕を組み替えながら一歩前へ出た。


「流れをつかむことも大事やから、開業後しばらくは患者数絞るよ!」


椅子の近くに立っていた大地が、片方の手を上げて応じる。


「無茶な予約を入れこまないことですね!」


明るい調子の声が響き、空気の張りつめた感じが少しだけ和らぐ。


真人は口元に笑みを浮かべ、カウンター越しにその顔を見た。


「みんな…そうだね!無茶したら大変なことになるからね!」


その言葉に続くように、受付横でカルテ棚を整えていたしおりが身体の向きを変えた。


「そうですよ!」


背筋を伸ばしたまま頷き、視線を前へ据える。

周囲のスタッフも互いに短く目を合わせ、胸の奥で同じ思いを共有していく。


(まずはここの基本情報を手に入れたい!患者獲得はその次だ!)


誰かの心の中で浮かんだ言葉が、空気の密度を静かに変えていった。


時計の針がさらに進み、待合室に落ちる光の角度が少し傾く。

ガラス越しに見える通りを行き交う人の姿が、さっきよりもゆっくりと目に入ってくる。




30分後内覧会スタート。


玄関の扉が開き、外の空気が一気に入り込む。

靴音と石畳の擦れる音が、室内の静けさに新しい気配を連れてきた。


一番先に靴を履き替えたつむぎが、戸口から身を乗り出すようにして外へ踏み出した。


「ほほえみデンタルクリニック開業しま~す」


通りに向かって伸ばした両腕の先で、制服の袖が風を含んで揺れる。

声が石造りの建物の壁に当たり、道沿いに広がっていく。


(異世界だし、まずはここがどういうところか知ってもらわないとね!)


胸のあたりに置いた手に、鼓動の早さが伝わる。

つむぎは一度深く息を吸い込み、もう一歩だけ前へ出た。


待合室の中では、ガラス越しにつむぎの背中を見ている視線がいくつも重なっていた。

椅子の背にもたれていたあすかが、窓のほうへ半歩近づく。


「いや、本当に順応性が高いというか、肝が据わっているというか…」


額の前で組んでいた手をほどき、呆れと感心の混ざったような息を吐く。

入口近くの壁に寄りかかっていた大和が、腕を組んだまま体重を少し前へ移した。


「見習いたいっスね。あの姿勢」


視線は外のつむぎに張り付き、口元が引き締まる。


受付近くにいたゆかが、靴を履き直してから小走りで外へ出ていく。

つむぎの横まで並ぶと、袖口を指先でつまんで軽く引いた。


「つむぎ~ちゃん。一緒に呼び込みやろ!」


呼びかけられたつむぎが顔を向け、目を細めて笑う。


「ゆかさん!は~い」


ふたりは肩の位置をそろえ、同じ方向へ身体を向けた。

ゆかが胸の前で両手を振りながら、通りに向けて声を張る。


「ほほえみデンタルクリニックで~す」


通りを行き交う人々の視線が、看板とふたりの姿へゆらりと集まってくる。

つむぎは行きかう顔を見渡しながら、言葉を探すように小さく首をかしげた。


「お口の中の…病気…通じるかな…。ん~…お口の中の悪ところを直すところで~す」


胸元の前で片手をくるりと回し、口の辺りを指し示す。

その動きに合わせて、前髪がほんの少し揺れた。


通りの端で足を止めた住民が、ふたりのほうへ歩み寄る。

薄い上着の裾が風に押され、石畳の上で靴音がひとつ鳴った。


「あんた、昨日旅の人って」


近くまで来た住民が目を細め、つむぎの顔をじっと見つめる。

つむぎは息を吸い直し、肩をすこしすぼめて笑った。


「えへへ…ごめんなさ~い。今日のことサプライズで…」


両手を胸の前で合わせ、少しだけ頭を下げる。


「サプライ…??」


住民の口元が止まり、眉の位置が少し上がった。

つむぎは手のひらを開き、相手に向けて押し出すように動かす。


「町の人を驚かせたくって内緒にしてました」


視線を真っすぐ相手へ向け、言葉だけを丁寧に置いた。

住民は背筋をわずかに伸ばし、建物の上のほうへ視線を移した。


「へぇ…そうなのかい。なんか前から幕張ってあってなんか作っていたようだけど…」


入口の上辺りを見ながら、ゆっくりと言葉をつなぐ。

つむぎはその視線を追い、口元に引きつったような笑みを浮かべた。


「あはははは」


(幕張ってあったんだ…)


喉の奥で笑いを転がしながら、視線だけを入口のほうへ戻す。

住民は視線をつむぎに戻し、二、三歩ほど近づいた。


「で、なんだい?デンタルクリニックって」


立ち位置がさらに狭まり、影がつむぎの足元へ重なる。


(やっぱりデンタルクリニックって通じないか…)

つむぎは心の中で短く息を継ぎ、口を開いた。


「お口の中の病気……を治すところです」


自分の口元の前で、指先で小さな円を描く。

その輪が空中でしばらく残ったあと、するりとほどけていった。

住民は顎に手を添え、目を丸くしながら言葉を続ける。


「へぇ…口の中なのに病気するのかい?」


驚きの混じった声が、通りの静けさの中で少し高く響いた。

つむぎは身振りを少し大きくし、言葉に合わせて手を動かす。


「するする。今日は診療……診察……病気を治す日じゃないんだけど、今度正式に開業……オープン……だから、今日はその……紹介する日なの!」


両手が宙を切り、入口のほうへと広く示す。

通りを流れる空気が、その動きに押されるようにふわりと揺れた。

住民は視線を入口へ向けたまま、短く息を吐く。


「ふ~ん……」


その声には、戸惑いと興味の入り混じったような重さが含まれていた。

つむぎは相手の横顔を見上げ、口角を持ち上げて笑みを作る。


「時間があったら見に来てよ!」


言葉と同時に片手を軽く振り、建物の中へと導くような動きを添える。

住民は腕を組み直し、視線をつむぎへ戻した。


「……口の中の病気ねぇ…ちょっと興味あるから見てみようかな…」


靴先が入口のほうへ向き、石畳の上で位置を変える。

つむぎは背筋を伸ばし、玄関のほうへ向けて片腕を上げた。


「は~い!お客さんはいりました~。いらっしゃませ~」


弾む声が建物の中まで届き、待合室の空気を一気に明るく塗り替える。

その様子を見ていたゆかが、額のあたりに指先を添えて小さくため息を落とした。


「いや、居酒屋じゃないんだから」


肩の位置がわずかに下がり、口元の形が困ったように歪む。

つむぎは頭の後ろに片手を回し、苦笑いを浮かべた。


「あ、つい…学生の時居酒屋でバイトしてたから…」


指先で髪を撫でるように動かしながら、視線を下へ落とす。

ゆかは隣の横顔を眺め、口の端にささやかな笑みを乗せた。


「というか、すごいね」


さっきまでのため息とは違う息が、ゆっくりと胸の奥から抜けていく。

つむぎは胸を少し反らせ、足を肩幅に開いて立ち位置を整えた。


「まぁ、いろんなお客さん相手してたからね。根性だけはついたよ」


地面を踏む足裏に力をこめ、視線を正面へ向ける。

ゆかはその言葉を受けて一瞬だけ黙り、視線を通りのほうへ滑らせた。


「あ……うん。」


(それだけかなぁ?)


手の中で握っていたチラシの端が、指の動きに合わせて小さく折れ曲がる。

つむぎは入口のほうを向き直り、さっき話した住民の背中を目で追った。


「……デンタルクリニックとか口の病気とかはあまり知らなさそうな反応だった」


言葉を静かに口から送り出し、空気の表面にそっと乗せる。

ゆかは頷き、同じ方向に視線を向けた。


「想定の範囲内だね」


ふたりの足元で影が重なり、通りを渡る風が制服の裾をまとめて揺らした。

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