03.内覧会前のスタッフ会議
食卓の片付けが終わり、椅子が静かに並び直された。
食器の触れ合う音が止むと、空気がすっと落ち着いた色に変わっていく。
窓の外では城下町の朝のざわめきがわずかに聞こえ、室内の静けさを際立たせた。
真人が扉を開け、足音だけを残して外へ向かう。
玄関の戸が閉まる音が遠くで響いた。
志帆が姿勢を正し、テーブルの前に立った。
その動きに合わせ、椅子の向きが自然と整えられていく。
「さて、みんな。今日の内覧会と今後のクリニックの方針を話し合うよ」
視線が一斉にテーブルの中央へ集まり、息が揃う。
「普通は院長先生がいるはずなんですけどね」
智子が腕を組み、少しだけ首をかしげた。
椅子の脚が床で小さく鳴る。
「うちの人は役に立たん。理解するまで時間がかかりすぎる」
志帆は肩の力を抜き、深く息を吐いた。
手元の資料を指で整える。
「それもどうなんだろう…」
大和が背中を丸め、視線をテーブルに落とす。
指先がそっと椅子の縁をなぞった。
「訪問診療に関してはとりあえず、パスしましょう」
あすかが手元のメモをめくり、小さく間を置いて言葉を落とした。
「矯正もちょっとパスしようか」
志帆の声が短く落ち、静かな合図のように空気を引き締める。
「自費の話もちょっとやめておきましょうか」
美里が両手を膝に置き、姿勢を整える。
真っすぐ前を見据えた視線に、迷いはなかった。
「そもそも、歯科診療ということを知っているかどうか……」
直樹が指先で机を軽く叩く。
その小さな音が静けさに深く響く。
「どんな世界だろうと医療は知っとるやろうけど……」
志帆が眉間にしわを寄せ、椅子の背に体重を預けた。
「う~ん…」
しおりが両腕を組んだまま首を振る。
視線だけが机上の一点を追った。
「それ以前に、技工物とかどうします?発注先がないですよ」
陽菜が手元のペンをくるりと回した。
ペン先が机に触れ、かすかな音を立てる。
「補綴関係はう~ん……しばらくやめるか?」
志帆の手が宙で止まり、思案の影が動いた。
「う蝕処置と歯周治療がメインになりそうですね」
智子が椅子の背にもたれ、顎に指先を軽く添える。
「口腔機能関係…はできそうですけど…」
大和が腕を組み直し、息を吐いた。
その音がテーブルの上に落ちる。
「そもそもその基準で判断していいものかどうかも怪しい」
志帆は視線を遠くへ向けた。
窓から差す光が髪を白く照らす。
「それを言い出したら、ここにある材料を使って大丈夫かも怪しいですよ」
しおりが指を止め、顔を上げた。
「それはそう」
声が数人分重なり、空気が少し揺れた。
「経営的な観点でいうと、お金どうします?」
直樹の言葉が机の表面に落ち、緊張の波紋が広がった。
「精算機に入っているの日本円ですよ!!」
ゆかの声に、何人かが顔を上げた。
椅子の脚が軽く動き、床がこすれる。
「そもそも予約制のクリニックっていうことが通じるかどうか…」
すずが手を胸の前で揃え、不安げに指を触れ合わせた。
「あかん。課題が山積みや」
志帆が手元の資料を閉じ、机の端へそっと置いた。
「誠心誠意説明するしかないですよね~」
つむぎが手をひらひらと振り、明るい調子で言う。
周囲の空気がわずかに柔らかくなる。
「専門用語は使わずに、分かる言葉で説明や」
志帆が椅子から立ち上がり、背筋を伸ばした。
「はい!」
声が重なり、一斉に響いた。
「お~い…そろそろ時間だよ~」
遠くから真人の呼ぶ声が届いた。
玄関のほうで声が反響し、かすかに揺れる。
「今行きま~す」
志帆が振り向き、足音が軽やかに床を渡った。
「あの人がフリーズしたらいつでも呼んでや」
志帆の背に向かって、息をそろえた声が返る。
「はい」
玄関の扉が開き、光と外気が差し込んだ。
スタッフたちの椅子が一斉に動き、床に軽い音を刻んだ。
朝の静けさの中へ、緊張と期待の鼓動が重なっていった。




