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第9話

 7月20日、佐藤健一は小屋の草を敷いた寝床で目を覚ました。

 乾燥した草と毛布のおかげで、硬い床の痛みは少し和らいでいた。

 窓から差し込む朝の光が、簡素な室内を柔らかく照らす。

 外に出ると、高原の空は透き通るような青さで、気持ちが良い。

 北の雪を頂いた山脈は今日も荘厳で、湖の水面は朝の静けさを映していた。


 テーブルの上には黄緑色の果実が並び、生き延びるための小さな基盤ができつつある。

 だが、元の世界に戻る手がかりはまだない。健一はポケットからスマホを取り出し、電源を入れた。

 圏外の表示は変わらないが、メモアプリを開くと新しいメッセージが届いていた。

 心臓がドキリと跳ねる。


『東京の高校生です。佐藤健一さん、はじめまして。このアプリ謎ですね、何か知ってます?鉄の破片は何かに使える?魚は焼いて食べて。動物は火を避けるって聞いた事あります。帰る方法探そう。わたし、助ける方法考えるよ!』


「東京の高校生!」


 相手が東京にいるとわかった瞬間、健一の胸に希望が灯った。

 特に最後の「わたし、助ける方法考えるよ!」という一文に、温かい喜びが広がった。

 誰かが、遠く離れた東京で、自分のことを考えてくれている。

 この世界で孤独に苛まれていた健一にとって、それは計り知れない励みだった。

 女の子の口調だが、名前も顔もわからない。それでも、助けようとしてくれる気持ちは本物に感じられた。


 健一は小屋の椅子に腰掛け、スマホを握りしめた。

 東京にいるなら、元の世界との繋がりがあるかもしれない。

 会社や友人に連絡してほしいと頼めるかもしれない。

 だが、意味があるのか? 東京で健一は行方不明扱いになっているだろうか? 警察や友人はどうしている?

 高校生にそんな負担をかけるのは正しいのか? 「この子に危険が及んだら……」相手がどんな状況なのかわからない以上、無理なお願いはできない。

 相手に遠慮してるだけでは無い。健一を不安にさせたのはこの繋がり自体だった。この謎のアプリが唯一の希望だ。

 もし途切れたら、この二つの月が浮かぶ世界で、本当に孤独になる。

 神や悪魔の仕業かもしれない通信、バッテリーが増える異常な現象。だが、今はこれが唯一の命綱だ。


「慎重に、でも前向きにいこう」


 健一は自分に言い聞かせた。

 相手もアプリに関しては何も知らなそうなのが、健一には不安に感じる。

 突然アプリが消えてしまったら、東京との繋がりも消えて孤独になってしまう。

 だが出来る事は何も思いつかない。祈るだけか。


 健一は出来る事からやろうと、小屋を出る。湖や小屋周辺を探索し、何か見つける事が出来れば前進だ。


 小屋には人が住んでいた形跡がある。人か、または人に近い何かがここにいたはずだ。


 健一は小屋の周りを改めて調べた。外壁に苔が生え、屋根は風雨で傷んでいるが、壊れてはいない。

 近くの草地に人工的な痕跡はないか探したが、足跡や道具の跡は見つからない。


「この小屋、誰が作ったんだ?」


 手がかりはなかったが、人がいた可能性は希望でもある。


 次に、湖に向かった。相手の「魚は焼いて食べて」というアドバイスを思い出す。淡水魚には寄生虫が居て生食には向かないと聞いた事がある。

 湖の水面下では銀色の魚が泳いでいる。昨日試したように、尖った石で突くのは無理だった。鉄の破片を手に持ち、釣り針のような形にできないか考える。

 だが、錆びた破片は小さく、加工する道具もない。


「何か糸があれば」


 湖畔の草を編んでロープ代わりにできないか試したが、すぐにちぎれてしまう。

 魚を捕まえるのはまだ難しそうだ。

 動物には火でという言葉も気になった。昨日見た白っぽい長い生物、翼のないドラゴンのような姿を思い出す。

 あれが襲ってきたら、火で追い払えるのか? 暖炉用の枝を多めに集め、夜に備えた。


 黄緑色の果実は毒の心配が少ないと判断し、朝に少量食べて問題なかったので、今日も頼りにする。

 湖の反対側を歩き、昨日見つけた果実の木を再確認。

 新しい実をいくつか摘み、草地を進むと、小さな動物の足跡を見つけた。ウサギのようだが、捕まえる術はない。

 湖畔の湿地では水鳥が羽を休め、遠くでシカのような動物が草を食む姿が見えた。


「生き物は多い。罠でも作れれば」


 だが、知識も道具もない。湖周辺 にも人工物や痕跡は見つからなかった。

 夕方、小屋に戻った健一は暖炉に火をくべた。

 乾燥した草の寝床は少し快適だが、もっと草を重ねれば良くなるかもしれない。

 集めた枝を暖炉のそばに積み、果実を食べながら空を見上げた。

 二つの月が淡い光を放ち、この世界が地球でないことを改めて実感させた。

 孤独感が胸を締め付けるが、東京の高校生からのメッセージが心の支えだった。


「助ける方法を考えてくれるって。信じよう」


 夜、暖炉の火が小さく揺れる中、健一はスマホを取り出した。日記アプリを開き、相手のメッセージを読み返す。

 どこにいるのか、どうやって繋がっているのかはわからないが、助けようとしてくれる気持ちに感謝した。


 慎重に返事を打ち込む。だが、どうも文字数の制限と思った表示、0/200が文字数では無い様だった。単語によって増える数字が違う様だが法則が理解出来ない。

 諦めて、表示を睨みながら200以内になる様に文章を組み立てる。


『鉄の破片は加工できない。魚も捕まえられない。火は用意した。湖や小屋に手がかりなし。東京にいるんだね。誰かに伝えられる? この繋がり、頼りにしてる。助けてくれてありがとう』


 文字を書き、保存ボタンを押す。そして、日記アプリを見て思う。


「これ、大昔に流行した交換日記みたいだよなぁ。まさか、この歳で経験するとは」


 健一は苦笑して、スマホをオフにし、草の寝床に横になった。湖に映る二つの月と星空を眺める。

 高校生の言葉が、孤独な世界で小さな光を灯していた。目を閉じ、五日目が終わった。


最後まで読んでくれて感謝します!

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