第42話
佐藤健一は白竜のアルビオルの背で、空を駆けていた。潤くんを抱きかかえ、ヴァル爺さんが隣に座る。
風が柔らかく体を包み、黒い森が足元に広がる。目的地が近づいてきた。遠くに巨大な大樹が見え、周りが焼け跡のように黒焦げだ。
「あそこか!」
健一は目を細めた。黒い森林の中に現れた焼け野原、その中央の大樹を見つめる。
突然、ゴウッという低い唸りが響いた。黒い森から、巨大な影が飛び上がってきた。黒い鱗に覆われた長い体はアルビオルに匹敵する黒竜だ。
「え、何あれ!?」
健一は息をのんだ。黒竜は鋭い目を光らせ、健一たちに向かって突進してくる。風圧が激しくなり、潤くんが「怖いよ、おじさん!」と叫んだ。
アルビオルは体を捻り、黒竜の攻撃を躱した。鋭い爪が空を切り裂く音が響く。
「くそっ、邪魔が入ったか!」
健一は白毛を強く握った。アルビオルは低い声で言った。
「お主たちを降ろす。ヴァル、守れ!」
体を傾け、目的地近くの焼け跡に急降下した。着地すると、健一たちは慌てて降りた。
「潤くん、大丈夫か?」
健一は潤くんを抱え、ヴァル爺さんの後ろに下がった。
アルビオルは再び空に上がり、黒竜と向き合った。
空を切り裂く咆哮が轟いた。
白い体毛を風にたなびかせ、犬に似た面影を残すアルビオルは黒竜を睨みつける。その瞳には揺るぎない光が宿り、周囲の空気が震えるたび、目に見えぬ真法の陣が幾重にも浮かび上がった。
対するは、黒き鱗を重ねた巨躯。爬虫類そのものの骨ばった体に、口元から滴る灼熱。黒竜は喉を鳴らし、深紅の光を喉奥に宿す。次の瞬間、空を焼き尽くす炎の奔流が吐き出された。
アルビオルは正面から逃げず、真法を幾重にも重ね、結界を作り出す。透明な壁のような光が彼の周囲を包み、炎と激突する。灼熱と神秘の衝突は雷鳴にも似た轟音を生み、空全体が震えた。
黒竜は旋回し、鋭い鉤爪で空を裂く。炎の尾を引きながら、獲物を確実に仕留めようと急降下する。
白竜は犬のように唸り声を上げ、陣をいくつも重ねて光の槍を放った。矢のごとく突き進むそれは、黒竜の鱗をかすめ、黒煙と血飛沫を散らす。
怒り狂った黒竜が翼を大きく打ち下ろすと、烈風が戦場を支配する。燃え盛る渦が形成され、空そのものが赤く染まった。
だが白竜は怯まない。空を駆けるその姿は獣のしなやかさを宿し、真法の光と共に炎の渦を切り裂く。
二頭の巨竜は一瞬の軌道を交錯させた。白と黒の閃光が空を切り裂き、爪と牙、炎と光が交わる。
その衝突はまるで天地そのものの戦い。大地にいる者はただ見上げ、空から降り注ぐ閃光と炎の雨に震えるしかなかった。
そして、再び大気を裂く轟音と共に、戦いはさらに激しさを増していった。
白と黒の巨体が絡み合い、唸り声が響く。爪がぶつかり、風が渦を巻く。健一は息をのんだ。
「アルビオルさん、頑張れ……」
上空の戦いに、地上の獣たちは恐れて姿を隠したようだ。焼け跡は静かで、獣の気配がない。
目的地は、巨大な大樹を残して周りが燃え尽きた森の跡だった。大樹の周りは黒焦げの木々が散らばり、外側は黒い森に囲まれている。空気が重く、焦げた匂いが鼻を突く。
「ここが?」
健一は周りを見回した。ヴァル爺さんが淡々と答えた。
「大平原だった場所の中央だ。あの大樹の近くが、揺らぎの強い場所になる」
大樹の根元は、様々な木々でできた不思議なドームに覆われている。その前に、一人の人影が見えた。健一たちは近づいた。
人影は女性で、森の民の特徴に似ている。細身で耳が大きく、ヴァル爺さんに似た不思議な雰囲気だ。
「あなたは?」
健一が尋ねると、ヴァル爺さんが先に言った。
「イーリットよ、連れて来たぞ」
女性、イーリットは頷き、静かな声で答えた。
「ヴァル、無事で良かった」
ヴァル爺さんは目を細めた。
「状況は?」
イーリットは大樹を振り返り、悲しげな表情を浮かべた。
「あの二人に影響を与えないよう、注意してくれ」
ヴァル爺さんは頷いた。
「わかった。」
健一は疑問が募った。この森の跡の惨状、それに「あの二人」って何だ?
イーリットの後悔に満ちた顔を見ると、簡単に聞けない。失礼だな。潤くんを抱きしめ、静かに待った。ヴァル爺さんが健一たちを呼び寄せた。
ヴァル爺さんは健一に不思議な石を手渡す。宝石の原石の様に色が散りばめられ、掌サイズのそれは見る角度で色を変えた。
「ヴァル爺さん、これは?」
「それは記念品の様なもんだ。御守りとして持っておくと良い」
ヴァル爺さんは、そう説明すると健一達に立ち位置を示す。
「今から扉を開く。繋がったら入るようにな。変な感じがしたら、下がれ」
健一は頷いた。
「わかりました。ありがとうございます」
イーリットとヴァル爺さんが大樹の前に立ち、真法を唱え始めた。空気がざわつき、揺らぎが感じられる。健一は潤くんの肩を抱き、待ち続けた。上空ではアルビオルと黒竜の戦いが続く。希望と不安が混じり、胸が張り裂けそうだった。
巨大な大樹の根元、木々のドームが不気味に静かだ。上空ではアルビオルと黒竜の戦いが続き、唸り声が遠く響く。健一は潤くんの手を握り、その時を待つ。
いよいよ帰還が目前だ。喉がカラカラになり、唾を飲み込んだ。
「ヴァル爺さん、よろしくお願いします」
落ち着いた声で、でも少し震えながら言った。ヴァル爺さんは淡々と頷いた。
「準備はいいな」
ヴァル爺さんとイーリットは同時に目を閉じ、何かを呟き始めた。両手を舞うように動かし、空気に真法を流す。健一のポケットでスマホが震え始めた。
「え?これ、なんだ?」
スマホが熱くなり、震えが大きくなる。健一は、ヴァル爺さんたちを祈る気持ちで凝視した。葵のスマホと繋がってるのか。心臓がドクドクと鳴り、息が荒くなる。
健一が二人の姿を凝視していると、目の前の空間が震えた気がした。最初は陽炎のような小さな揺らぎだったが、徐々に広がっていく。空気が水の表面みたいにざわめき、透明な波が立つ。揺らぎは楕円形に膨らみ、光をまとって輝き始めた。
「これは!」
健一は息をのんだ。やがて、そこは水面のようにゆらめく『鏡』のような扉になった。表面がキラキラと反射し、周りの焼け跡を映すけど、何か向こう側が見えそうな気配だ。
喉が渇いて声が出ない。心臓が爆発しそうに騒いでいる。
潤くんの手を強く握り、健一は扉を見つめた。その『鏡』に、影が映った。ぼんやりとした人影が、だんだんはっきりしてくる。男性と、女性が3人いるようだ。
「あぁ!」
健一は息を呑み、強く叫んだ。
「岳人! 岳人だ!」
男性は野比岳人に間違いない。親友の顔が、鏡の向こうで心配そうにこちらを見ている。
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