第40話
朝。ぱちっと目が覚めた瞬間、胸の鼓動がやたらとうるさかった。7月30日、いよいよ運命の日だ!
「よーっし! 今日だ! 本番だぁー!」
勢いよく布団から飛び出して、がばっとカーテンを開ける。まぶしい朝日に勝手に笑顔が広がった。
「葵、ちょっと落ち着きなよ」
まだ寝ぼけ眼の彩花が枕元からぼそっと声を出した。髪を整える前の彼女が苦笑混じりにこっちを見てる。
「いやいやいや、落ち着けとか無理! いよいよだよ? 健一さんが帰ってくる日だよ!? 気合入れなかったら嘘でしょ!」
「はいはい。転ばないようにね」
呆れながらも、最後は笑ってくれる彩花。ほんとに私のブレーキ役だ。
身支度を済ませて一息ついたところで、私はやっぱりスマホを手に取る。
日記アプリを開くと、新しい文字が浮かんでいた。
『いつもは就寝前に書くけど、今日は朝です。この場合、どのタイミングで葵さんに届くのかな? 正解は直接聞きたいね。これから出発して、昼前には到着する予定』
息を呑んだ。思わず声も漏れる。
「彩花、来てる! 健一さん、もう出発するって! 昼前には到着予定だって!」
「ふふ。健一さん、やっぱりちゃんと帰ってくるんだね」
震えるくらい嬉しくて、部屋の中でクルッと一周してしまった。
ロビーで岳人さんと千智さんと合流し、ホテルのレストランでモーニングをとる。トーストをかじりながら、私はもう、さっきの日記の内容を勢いよく報告してた。
「直接聞きたいって言ってたの! つまり帰ってから、私たちと顔合わせて話すつもりってことだよ!」
千智さんがにこっと笑いながら岳人さに話しかける。
「お父さん、ほんとにもう少しだね」
岳人さんは静かに呟く。
「無事に帰って来い」
私の心は、それだけでまた熱くなる。
朝食を終えてから、一度近くの商店に寄った。飲み物、パンと氷を追加で購入。コンビニ袋を提げる。
「遠足前の小学生か!」
って彩花に笑われたけど、いいの。準備は完璧じゃなきゃ。
いよいよ、不帰森へ。
昨日と同じ神社にやってくると、スマホが震えてる。昨日よりも明らかに強い。
「やっぱり、今日だ」
私はスマホをぎゅっと握りしめた。
神社の裏を抜けて、小さな空き地に着いた私たちは、昨日決めた“ここ”に腰を下ろした。
今日はやけにスマホの震えが強い。胸ポケットに入れてるだけでも、かすかな痺れがじんじん伝わってくる。
「やっぱり。今日、来るんだ」
自分でも声が震えてるのがわかる。
「間違いないな」
岳人さんが短く答え、辺りを見回した。
しばらくは静かな待機。森の奥なのに、ここは小鳥の声も途絶えてる。風すら止まったみたいに、空気がピタリと静まってるのが妙に怖い。
それを紛らわせるように、私は飲みかけの水を置いて、みんなに聞いてみた。
「ねえ、もし健一さんと潤くんが無事帰ってきたらさ、最初に何するかな?」
「私は、きっとまず、ご飯だと思う」
千智さんが笑った。
「父と健一さん、二人並んで、居酒屋メニューみたいな料理を嬉しそうに食べるんじゃない?」
「それ、目に浮かぶな」
岳人さんが小さく笑った。
「そうね、私は」
彩花が少し考えてから言う。
「葵が夜中に不安で起き出すのを見張らなくていいようになるだけで十分」
「えー! 何それぇ!」
私は顔を真っ赤にして抗議するけど、みんなクスクス笑ってくれて、それで少し緊張が和らいだ。
でも、すぐにまた心臓が早くなる。
スマホの震えがじわじわと強くなってきてるのだ。
出力が上がってるみたいに、方向を変えると震えも変わる。まるで、“こっちに来てるよ”って合図をしてくれてるようで。
「近い」
吐き出した息は、自分でも驚くほど細く震えていた。
「本当に帰れるのかな」
いつになく千智さんが小さな声をもらす。
「帰れるさ。俺たちは送迎役だ。そのためにここにいる」
岳人さんの言葉は、深くて硬い音みたいに心に響いた。
「そうだよね」
それを聞いて、私も思わず強く笑ってみせた。
「だって、健一さんも“直接答えを聞きたい”って日記に書いてたんだよ! 帰れなきゃ、聞けないじゃん!」
そう言ったら、みんなの顔に少しずつ明るさが戻った。
「じゃ、健一さんと潤くんが戻ったら、全員でどっか食べに行こうよ!」
「また食べ物?」
彩花が呆れ顔をする。
「だって、そのほうが“帰ってきたんだ”って実感わくでしょ! ただいまーって声聞いたあと、テーブル囲んでさ!」
想像したら、胸の奥がぐっと熱くなった。
それが叶う未来だと信じるために、私は言葉にする。
そうして待ち続けるうちに、太陽は高く昇っていった。
昼が近い。
「!」
空き地の中央が、ふるえた。
陽炎みたいな揺らぎが広がり、空気が水の表面みたいにざわめいていく。
「来た!」
私の声に全員が立ち上がり、じっと目を凝らした。
揺らぎは徐々に大きな楕円形になり、光をまとっていく。
やがてそこは、水面のようにゆらめく“鏡”のような扉になった。
喉が渇いて声が出ない。心臓が爆発しそうに騒いでいる。
その“鏡”に、影が映った。
男性と、子供と、老人。
私は息を呑んで、強く叫んだ。
「健一さんっ!!」
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