第38話
朝に目が覚めた瞬間、胸の奥がそわそわした。今日は出発の日だ。
健一さんを迎えに行く、その準備のために不帰森の近くまで行く。昨日までは「決めた」ってだけで実感がなくて、でも今は違う。ベッドから起き上がって窓を開けたら、夏の空気がもわっと流れ込んできて、胸がドキドキいっそう激しくなる。
「いよいよ、だね」
岳人さんと千智さんが車で迎えに来てくれる。それまでに準備は完璧にしておかなきゃだね。リュックを開けてチェック、着替え、ノート、スマホの充電も確認。モバイルバッテリーもオッケー!
そして、スマホを開いてアプリを立ち上げる。画面に新しい文字が現れていて、一気に目が冴えた。
『潤くんは無事。夫婦の所で合流出来た! 明日の朝、目的地に向かう。途中の旅は凄かった。なんとアルビオルに乗って空を飛んだ! まさか竜の背に乗って空を飛ぶなんて! 明日、みんなと会える事を祈ってる』
「ええええ!? 竜の背中!?」
思わず声が裏返った。いやいやいや、ファンタジーにもほどがあるでしょ!
健一さん、白竜のアルビオルに乗って移動したんだ。それだけで凄い経験だよね。
「すごっ! ていうか無事でよかったぁ!」
潤くんも一緒みたいだし、やっと肩の力が抜けた気がした。すぐにLINEを開いて、グループに書き込む。
『日記更新されてたよ! 潤くん無事、健一さんは竜に乗って空を飛んだって! 明日の朝、目的地到着予定、私たちに会えるよう祈ってるって!』
すぐに既読マークが並んで、返信がいっせいに返ってくる。
彩花:まさかのドラゴンライダー!すごすぎる。
千智:無事でよかった! ついに明日だね!岳人:了解。今迎えに向かっている。
心がじんわり温かくなって、それから一気に緊張してきた。
顔を洗って歯を磨きながら、ぐるぐる考える。健一さんが空を飛んで旅してる間に、私はこうやって準備を整えてる。違う世界なのに、不思議と一緒に前進してる気がしてた。
ピンポーン、とチャイムが鳴った。
あ、来た! 玄関を開けるとすぐに千智さんが「おはよ!」って元気な笑顔で手を振ってる。その後ろでは岳人さんが運転席の横に立って居た。
「おはようございます!」
「あぁ、おはよう。荷物もちゃんと持ったな?」
「はい! バッチリです!」
リュックを背負い直して車に乗り込む。
中にはもう彩花が座っていて、「おはよ」と手を振ってくれた。どうやら先に迎えに行ったらしい。これで全員そろった!
車はスムーズに走り出し、街から山へと向かう。にぎやかに話しながらも、少しずつ空気が引き締まっていくのを感じた。いよいよ「その場所」に近づいているんだ。
そして到着したのは、不帰森のすぐ近くにあるホテルだった。
思っていたよりずっとちゃんとしたホテルで、広いロビーに入った瞬間、思わず「わぁー!」と声をあげそうになった。宿泊予定の部屋は二人部屋で大きい。
ベッドが並んでも余裕がある広さで、なんだか修学旅行気分。
「葵と彩花は二人で一部屋。俺と千智はもうひと部屋を取ってある。費用は気にするな」
岳人さんがあっさりそう言ってくれて、ちょっと恐縮したけど、ありがたい。
荷物を部屋に置いた後、私たちは野比親子の部屋に集まることになった。広めのツインルームに机を引き寄せて、いよいよ作戦会議の時間。
私は改めて強く思った。
「ここからが、正念場!」
机の上にノートを広げた。昨日まで使っていた調査用の筆記だらけのノート。真ん中に「不帰森作戦」とでっかく書いて、私はペンを片手に声を張る。
「じゃ、作戦会議始めます!」
ちょっと大げさに宣言したら、彩花が呆れたように笑って「元気だね」と首を振る。でも目は真剣だし、みんなの視線がこっちに集まるのを感じて背筋が伸びる。
まずは一番大事なことを、彩花がまとめてくれた。
「重要なのは、明日の朝に葵が“揺らぎの強い場所”で待機していること。日記の内容から考えると、健一さんと葵のスマホが目印になって、扉が開くはず」
私は大きくうなずく。
「だよね。だから今日のうちに、不帰森を下見しとかないと。明日どこで待つのがいいか、ちゃんと確認しておきたい」
岳人さんが頷きながら続ける。
「日差しも強いし、整備されてない場所もあるだろう。長時間いることを考えて、水分補給と食事、それからトイレの場所も確認しておく必要がある」
「なるほど。じゃあ私、地図と観光案内の情報を確認する!」
と千智さんがノートPCを開いて作業を始めた。こういうとこ、ほんと頼もしい。
「あとは、帰還の時間がわからないんだよね」
私がペンを回しながら言うと、彩花が目を細める。
「そう。早く帰ってこれたら岳人さんの家に戻って一休み。もし夜遅かった場合に備えて、ホテルの一室を追加で押さえておくのが安全だと思う」
「もちろん、もう手配してある」
岳人さんがその一言で皆の不安をさらっと消してくれた。やっぱり大人がいると違う。
「次! 持ち物!」
私はノートに持ち物リストを書き出す。
「健一さんは帰還直後に身だしなみが必要だよね? それと潤くんも」
千智さんが頷く。
「着替え、タオル、あと髭剃り! 健一さん、日記に髭が伸びて嫌だって書いてたことあったよね」
「うんうん! きっと喜ぶと思う!」
「タオルは濡らしたのをクーラーボックスに入れて持っていくといいな」
と岳人さんが提案する。
「なるほど! さすが大人の発想!」
私は即座にノートにくるっと書き込んだ。
ふと、彩花が少し真剣な顔をした。
「葵、ひとつ確認。潤くんの無事を、三浦さんに知らせるかどうか」
「うっ、それは」
私は一瞬言葉に詰まった。千智さんが静かに言う。
「無事に帰還してからの方がいいと思う。今知らせても、どう説明していいかわからないし」
「そうだな。実際に戻ってきてからだろう」
岳人さんもうなずく。私も心の中で、そうだよね、って繰り返した。
「じゃ、最後に。帰還した後のこと!」
私はリストの最後に項目を書き足した。
「健一さんは行方不明届とか出てないから、身近な人に説明する程度でなんとかなる。会社とか、岳人さんのフォローもあるし。でも潤くんは子供だし、捜索願い出てるから難しいよね」
彩花が慎重に言葉を選ぶ。
「そこはもう、戻ってきてから考えるしかない。でも助かったって事実が一番大事。私たちだけで背負わず、大人に任せられるところは任せよう」
私は深呼吸して頷いた。
「そうだね!」
こうしてノートにびっしり書き出した頃には、もう議題は全部片付いていた。
「よし。じゃあ、一度不帰森に行ってみようか」
千智さんが明るく言う。
「下見して、帰ってきて、明日に備える!」
私は拳を握って答えた。
会議は無事にお開きになり、全員が立ち上がった。緊張してるけど、不思議とワクワクも大きい。
「よーし、いざ出陣!」
私の声に全員が微笑んで、ホテルを出発する準備を始めた。
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