第37話
森は小さく、中央に近づくと、巨大な大樹がそびえ立ち、その根元に小さな家が見えた。
家は木でできた素朴な造りで、煙突から薄い煙が上がっている。家の前に、森の民の夫婦が立っていた。夫はがっしりした体格で、妻は優しそうな顔立ち。側には茶色い毛の大型狼が2頭、夫婦を守るように健一たちを警戒して唸っている。
「あの狼、大丈夫かな」
健一は狼達に睨まれ、少し緊張した。
ヴァル爺さんが先に声を掛けた。
「あいつから、話しは聞いているな?」
夫婦は頷き、夫が答えた。
「はい、ヴァル様。お待ちしておりました」
話がスムーズに通ることに、健一はほっとした。森の守護者から事前に連絡があったんだな。健一も前に出て、落ち着いた声で挨拶した。
「初めまして、佐藤健一です。子供のことを聞いて、迎えに来ました。無事なんでしょうか?」
夫婦は顔を見合わせ、夫が答えた。
「はい、無事です。うちで一緒に暮らしてますよ」
健一は胸が熱くなった。
「本当ですか! よかった……。ありがとうございます、保護してくれて」
喜びが抑えきれず、声が少し震えた。子供の無事は大きな安心だった。
夫婦は健一達を家に案内した。夫はタニー、妻はティカと名乗った。狼たちはヴァル爺さんを見て唸りを止め、夫婦の後ろに下がった。家の中は木の温かみが感じられ、暖炉に火が焚かれている。隅のベッドに、小さな男の子が座っていた。茶色の髪で、10歳くらいか。子供は健一たちを見て、少し怯えた顔をした。
健一は、今の自分は髭面だもんなぁと思い、怖がらせない様に穏やかに声を掛ける。
「潤くん、だよね?」
確認に、子供はコクッと頷いた。健一は膝を曲げ、目線を合わせて言った。
「俺、佐藤健一だよ。潤くんの家族が心配してると思う。迎えに来たから、一緒に帰ろう。怖いことないよ、大丈夫だ」
落ち着いた口調で、ゆっくり話した。潤くんは少し安心したようで、頷いた。
「うん、おじさん、ありがとう」
「よし、一緒に頑張ろうな」
ヴァル爺さんは夫婦に目を向けた。
「あの異変は、どうだった?」
「あの揺れで森が揺れたけど、私達も家も森も無事でした」
妻が付け加えた。
「とても驚きましたけどね。白竜様の背に乗って旅をするなんて疲れたでしょう。簡単なものですが、食事を用意しました。召し上がって休んで下さいな」
家の中で、夫婦は具沢山な温かいスープを出してくれた。食事をしながら、健一は潤くんと少し話した。潤くんは東京から突然飛ばされてきて、夫婦に助けられたそうだ。
「おじさんも、同じ?」
潤くんが聞くので、健一は頷いた。
「そうだよ。部屋に居たのに知らない場所に居た。一緒に帰ろう」
潤くんは少し笑顔になった。
「うん!」
夕陽が木々の隙間から差し込み、大樹の影が長く伸びる。アルビオルの着陸で獣たちが離れたおかげで、森は静かだ。家の中は木の温かみが感じられ、暖炉の火が優しく揺れている。健一は潤くんと並んで座り、夫婦に目を向けた。
「タニーさん、ティカさん、本当にありがとうございます。潤くんのこと、詳しく聞かせてください」
夫婦は細身だが、ひ弱には見えない。耳が少し大きいところは、昔読んだ物語のエルフみたいだな。健一はそう思いながら、話を聞く。
夫のタニーは頷き、妻のティカは優しく微笑んだ。
「いいよ。あの日、潤くんは、森と平原の境で泣いてるのを見つけたんだ」
潤くんが小さな声で付け加えた。
「うん、気がついたら知らない場所で、怖かったよ」
タニーは続けた。
「言ってる意味がわからなくて、最初は困ったよ。草原の民とも違うし、森の民とも違う。でも、放っておけないから家に連れてきた。不安もあったよ。最近、半島の民の不穏な話があって、特徴が似てるからさ」
ティカが優しく言った。
「でも、守護者様に確認したら、特殊だけど脅威じゃないって言ってくれて安心したの。潤くんは聞き分けがいい子で、手伝いもしてくれる。楽しい日々だったわ」
健一は胸が温かくなった。
「よかった。潤くん、よく頑張ったな」
潤くんは少し照れくさそうに頷いた。
「あの日は7月10日だったと思う。最初は心細かったけど、タニーさんもティカさんも優しいし。森の獣たちとも友達になったよ。一緒に平原まで遊びに行ったり」
タニーは笑った。
「特に、あの狼と仲良しだったな。異変の日も、一緒に平原に遊びに行っていた」
潤くんは頷いた。
「うん。でも、急に世界が揺れて、気を失っちゃった。友達の狼がタニーさんたちを呼んでくれて、助かったよ。でも、大事にしてた物をなくしちゃった」
健一はピンときた。
「それは、スマホかい?」
潤くんは目を丸くした。
「うん! どうして知ってるの?」
健一は自分のスマホを取り出して見せた。
「スマホに日記を書くアプリあったでしょ?潤くんが書いた日記を、あるお姉さんが見て俺達に伝わったんだ。だから、助けに来れたんだ」
潤くんは驚いて聞いた。
「日記アプリ、おじさんもあるの?人に見られてるなんて考え無かった」
「俺も考え無かったよ。不思議だよなぁ」
健一は潤くんと顔を見合わせて笑った。
健一は、潤くんにスマホのホーム画面を見せて日記アプリが確認できるか試してみた。結果、見えない事が判明した。これは葵側と同じで、おそらく持ち主にしか認識出来ないのだろう。
そこにティカが心配そうに話に入ってきた。
「異変の後、黒い森の獣たちが近づいてきて。潤くんに襲いかかろうとするのよ」
夫の タニーも頷き続けた。
「黒い森には、敵を滅ぼす獣がたくさんいる。あいつらは森の民や獣には敵意を向けないけど、潤くんには違うみたいだ」
健一は上空から見た黒い獣たちを思い出した。
「あの黒い獣か。おそらく俺も狙われるんだろうな。守護者様から俺たちのことを聞いたんですね」
ティカは微笑んだ。
「ええ。同郷の人が迎えに来てくれるって。聞いた時は潤くんと喜んだわ」
潤くんは健一を見て、小さく言った。
「おじさん、ありがとうね」
健一は胸が熱くなった。
「ああ、一緒に帰るよ。みんな待ってるはずだ」
子供の無事、夫婦の優しさ。心配してた事が解決して、心が軽くなる。
話が一段落し、夫婦はベッドを準備してくれた。健一は暖炉のそばで、日記アプリを開いた。今日の出来事をまとめ、子供の無事を伝える。
『潤くんは無事。夫婦の所で合流出来た!明日の朝、目的地に向かう。途中の旅は凄かった。なんとアルビオルに乗って空を飛んだ!まさか竜の背に乗って空を飛ぶなんて!明日、みんなと会える事を祈ってる』
保存ボタンを押し、スマホをポケットに戻しすと、ベッドに横になった。湖に映る二つの月は見えないけど、森の木々が優しく揺れる音が聞こえる。
「いよいよ明日、目的地だな」
健一は目を閉じた。十七日目が終わった。
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