第36話
真法の話が一段落したところで、外からゴウッという大きな風の音が響いた。小屋の窓がビリビリと震え、草地がザワザワと揺れた。健一は窓か外を覗く。
「えぇ、移動手段ってもしかして?」
ヴァル爺さんが立ち上がり、淡々と言った。
「移動手段が到着したようだ」
健一は扉を開け、外に出た。湖畔の近くに、巨大な白い影が降り立っていた。ふわふわした白毛に覆われた長い体、ダックスフンドを伸ばしたような不思議な姿は白竜のアルビオルだ。
「やっぱり、アルビオルさん!?」
健一は目を丸くした。まさか、移動手段が白竜だなんて。昔見た映画で、竜に乗って空を飛ぶシーンがあったなぁ。そんなことを思い浮かべて、驚きを紛らわせた。
「ヴァル爺さん、まさか移動手段って? アルビオルに乗って飛ぶんですか?」
ヴァル爺さんは小さく笑った。
「そうだ。アルビオルに頼んだ」
小屋を出て、アルビオルに近づいたき、健一は声を掛けた。
「アルビオルさん、また会えてよかった! 今日はよろしくお願いします」
アルビオルは大きな目を細め、渋い声で答えた。
「元気にしてたか。話しはヴァルから聞いた。乗れ」
ヴァル爺さんは頷いた。
「準備はできたか」
健一は皮袋を背負い、槍を手に持った。
「はい、行けます」
アルビオルが体を低くした。
「俺の白毛はしなやかで頑丈だ。遠慮なく掴み、登れ。固定するようにな」
健一は白毛を掴み、長い体に登った。ふわふわした感触が意外としっかりしていて、安心した。ヴァル爺さんも隣に登り、健一の隣に座った。
「よし、いくぞ」
アルビオルが体をうねらせ、空に飛び立った。最初はゆっくり上昇し、高原が足元に広がった。湖が小さくなり、草地の緑が遠ざかる。
「すごい!」
健一は息をのんだ。巨大な山が中央にそびえ、周りを山脈が囲む。高原は広大だったけど、山脈の規模からすると一部にすぎない。山脈の外側を植生豊かな森林がグルリと囲み、そのさらに外側は黒い森が延々と地平線まで続く。ツヤツヤした黒い木々が不気味に広がり、まるで闇の海みたいだ。
「あの大草原が、こんなに変わっちゃったのか」
広大で迫力ある景色に、健一は圧倒された。胸がざわついたけど、同時に感動もした。
「こんな景色を体験するなんて、一生忘れられないな」
黒い森の領域に、所々に色違いの場所が見えた。緑の島みたいに点在する小さな森や林。大草原だった頃の名残だ。
「草原は塗り替えたけど、元からある森なんかは、そのままあるのか」
アルビオルは速度を上げ始めた。風が強くなり、健一の体にビュウビュウ当たる。
「うわっ、風が!」
難儀し始めたところで、ヴァル爺さんが小さく呟いた。すると、周囲の風圧が柔らかくなり、まるで風の壁ができたみたい。
「ありがとう、ヴァル爺さん!」
健一はほっとした。
アルビオルはさらに速く飛び、景色が流れるように過ぎた。夕方近く、眼下に目的地が見えた。小さな森だ。大きな一本の大木が中央にそびえ、周りを木々が囲む。黒い森に浮かぶ緑の島みたいだ。
「あそこか!」
健一は胸が高鳴った。だが、森の周りがおかしい。黒い森と普通の森の境目に、大きな獣が複数動き回っている。黒い毛の獣と、普通の森側の茶色い獣が、唸り合い、追いかけ合っている。
「あれ、何だろう?」
ヴァル爺さんが目を細めた。
「黒い森の獣は、敵を滅ぼす存在だ。だが、普通の森とは敵対せん。そもそも中に入ることもない」
健一は息をのんだ。
「じゃあ、なぜ争ってるんですか? 子供を狙ってるのかも」
ヴァル爺さんは頷いた。
「可能性はある。黒い獣は数が多い。普通の森側の獣は追い払おうとしてるが、上手くいっていないようだ」
獣たちは唸り合い、追いかけ合うけど、殺し合いにはなっていない。健一は胸がざわついた。子供は大丈夫だろうか。
アルビオルが大きく息を吸い、ゴオオオッと唸った。獣たちはビクッと動きを止め、それぞれ自分たちの森に引いていった。
そして、アルビオルはゆっくり降下し、森に着地した。
佐藤健一は白竜のアルビオルの背から降り立った。黒い森に囲まれた小さな緑の島のような森が、夕陽に染まって静かに佇んでいる。アルビオルが着陸した衝撃で、周囲の獣たちは遠くに離れたようだ。黒い森側の獣も、普通の森側の獣も、唸り声を残して姿を消した。健一は胸をなでおろした。
「よかった、居なくなったな」
アルビオルは長い体をくつろげ、渋い声で言った。
「俺はここで休む。見張っていよう」
「ありがとう、アルビオルさん。ゆっくり休んでください」
ヴァル爺さんは淡々と答えた。
「では、森の中央へ行くぞ」
健一は皮袋を背負い直し、槍を手に持った。
「はい、行きましょう」
二人は森の中へ進んだ。
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