第34話
朝、目が覚めてすぐにスマホを手に取った。布団からまだ抜け出していないのに、頭の中はもう「健一さんの日記どうかな?」でいっぱいだ。
毎朝の習慣になっちゃったから、これを読まないと一日が始まらないってくらい。
「よーし、今日もチェック!」
気合を入れてアプリを開いた瞬間、画面にびっしりと文字が並んでいるのを見て、胸が一気に高鳴った。
スクロールする指がつい速くなる。どんどん読み進めた私は、すぐに声をあげてしまった。
「えええ! 帰還方法、見つかった!?」
眠気なんて一瞬で吹き飛んだ。
健一さんの日記には、こう書いてあった。
『老人が帰還方法を見つけてくれた。揺らぎを利用して世界を渡る扉を作るらしい。揺らぎが小さくなる前に急ぐ必要がある。葵さんのスマホと私のスマホを目印にする。老人の用意する移動手段で遠方の目的地に明日向かう。到着は明後日の予定。葵さんには、そちらで揺らぎの強い場所を探して。明後日、その場所で待機していて欲しい』
「マジか……! いきなりクライマックスじゃん!」
スマホを持つ手が震えた。だって、もう帰れるんだよ? いや、まだ帰れる“かもしれない”だけだけど、今まで必死に調べてきたことがやっと報われそうじゃん!
揺らぎの強い場所ってどこよ、って突っ込みたくなるけど、そんなの真っ先に調べればいい。いけるところまでやってみるしかない!
「よっしゃ、やるぞーっ!」
私は元気よく声を出して、すぐにLINEを開いた。グループに日記の内容を貼りつけて、勢いのままメッセージを送る。
葵:みんな! 健一さんが帰れる方法見つかったって! 明後日に揺らぎの強い場所で待ってて欲しいんだって! つまり私たちの出番! 今日も集まって作戦会議しよ! 昨日と同じ店でどう?
送り終わるとすぐに既読マークがついて、メッセージが返ってきた。
彩花:驚いた。わかった、今日もあの店で。
岳人:今日はすぐ合流出来る。
千智:お父さんと一緒に行くよー。
なんだか一気に心が明るくなった。よーし、今日も全員集合だ!
もう気持ちが前のめりすぎて、布団の上でぴょんと飛び跳ねちゃう。
支度をしながらも、頭の中は今日の会議のことでいっぱいだった。
必要そうな情報をまとめるためにノートを引っ張り出す。ページをめくりながら、今までのメモを読み返してみる。
「神隠しの記録」「行方不明事件」「地元の伝承」色々調べてきた。
ただの学校の自由研究みたいに始めたはずなのに、ここまで繋がるなんて思ってなかった。今では、まるで冒険の地図みたいに見える。
「これ絶対持っていこう」
ペンと一緒にノートをカバンに詰め込む。
玄関を出たら、夏の空がまぶしいくらい青い。蝉がわんわん鳴いてて、耳がクラクラしそう。
でも私の気持ちはそれ以上に熱くて、歩きく速度が早くなる。
元気をからだ中に満タンに溜め込んで、私は集合場所の喫茶店へ向かった。
お店に着いたのは、開店から間もない時間だった。昨日と同じ喫茶店。重たいドアを押すと、ほっとする香りのコーヒーが漂ってくる。少し背伸びした大人の雰囲気で、ふだん友達と来るような場所じゃない。けど今は、もうすっかり「私たちの作戦本部」みたいに感じてる。
「おはようございまーす!」
元気よく声をかけると、店員さんが少し驚いた顔をして笑ってくれた。私だけ先に来たから、四人掛けのテーブルに鞄を置いてノートを広げる。ページの余白に、今日のお題をでかでかと書く。
☆揺らぎの強い場所候補!
よし、これなら話がまとまりやすいはず。
メニューを眺めてたら、入口のドアベルが鳴る。顔を上げると、彩花が現れた。制服姿じゃなくて、シンプルな私服。落ち着いた色合いで大人っぽい。
「おお、来た来た!」
「葵、今日も早いね。元気なのはいいけど、店の人びっくりしてたよ?」
「へへっ、気合が入りすぎたかな。でもほら、重大会議だから!」
彩花が小さく笑って、私の正面に座る。私はすぐにノートを突き出した。
「見てこれ! 今日の議題! じゃーん!」
「ほんと、こういうところ子供みたいだよね」
「え、褒めてる?」
「ギリギリ、褒めてる」
二人でクスクス笑ってると、またドアベルが鳴った。今度は岳人さんと千智さんが一緒に入ってきた。大きな体格の岳人さんは目立つのに、落ち着いた雰囲気でスッと馴染む。不思議。千智さんは明るい色のシャツで、元気な笑顔。
「おはようございまーす!」
「おう、待たせたな」
テーブルが一気ににぎやかになった。今日も頼れる仲間が全員いる。もうそれだけで心強い。
「じゃ、さっそく議題! 健一さんが戻るために必要なのは、“揺らぎの強い場所”で三十日に待機することなんだよね。で、それは何処なのか!」
私はドンッとノートをたたいた。
彩花がすぐに補足する。
「候補はまず、健一さんが消えたアパート。実際に異世界に行った場所だから、揺らぎが強い可能性は高い」
千智さんが頷いて言う。
「でも昨日の調べた不帰森も有力候補だよね。神隠しの話が昔からたくさん残ってるし」
岳人さんが腕を組んでうなった。
「他にも伝承が残る場所はあるが、遠すぎるとか記録が曖昧すぎるな。短時間で検証するのは難しい」
「そうそう。実地に行くってなると限られちゃうんだよね」
みんなで話しながら、ノートにどんどん書き込む。
アパート → 初期現場、有力だけど範囲が限定的?
不帰森 → 神隠し伝承多数、昨日の調査で見つけた手がかりも。
私が思い出したように言った。
「ねえ、行方不明になった人たちの中でさ、実際に“見つかった場所”が、不帰森の近くなんだよね?」
千智さんがすぐにうなずいた。
「そう。健一さんみたいに、行方不明ってケースで発見された人達。不帰森付近で見つかるってパターンが多かったの。それぞれ行方不明になった場所じゃない」
その瞬間、ふんわり流れていた空気がピタッと重くなった。岳人さんがまとめるように口を開く。
「つまり、不帰森が最有力ということだ。実際に帰還に関わる“出口”がそこに開きやすいのかもしれん」
私はぱっと顔を輝かせた。
「よし、じゃ決定ー! 本命は“不帰森”!」
ノートに大きく丸を書き、ペンでぐるぐる囲った。
「あと問題はタイミング。日記だと健一さんは三十日に目的地到着。こっちは、その日の朝から待機が望ましいってことだよね」
彩花が冷静に言葉をつなぐ。
「だったら前日、二十九日のうちに移動して、近くで宿を取るしかないよ。朝一で確実に現場にいられるように」
「うん! そうすれば安心だね!」
私の声に、千智さんが笑顔で「私も賛成」と言い、岳人さんも「よし、それでいこう」と静かに頷いた。
こうして私たちは、不帰森を本命に据えて、二十九日に現地入り、三十日に決戦を迎える。そんな大きな流れを決めた。
不安もあるけど、それ以上に胸が熱い。健一さんを迎えるその瞬間、私たちは絶対にそこに立っていなきゃいけないんだ。
「よーし、準備開始! 絶対に成功させよう!」
私は拳を握りしめて宣言した。みんなの顔も自然と笑顔になっていた。
喫茶店での作戦会議は、思ったよりもすんなり結論が出た。
「不帰森を本命にする」って決められたことで、みんなの心がスッキリしたように見えた。
店を出たあとは、岳人さんの車に全員一緒に乗せてもらった。
大きな車にぎゅっと座って、みんなでわいわい話しながら地元に戻る。助手席で千智さんと他愛ない会話をしてると、時間があっという間に過ぎちゃった。
家の近くで降ろしてもらう前に、岳人さんが「親御さんにひと言」と言って、彩花と私、それぞれの家に立ち寄ってくれた。
うちの玄関でも頭を下げて明日の事を話してくれる。
「夏休みの課題で地元の伝承を調べるらしいんで、娘の千智が協力することになってます。私が送迎して責任を持ちます」
と、きれいに説明してくれた。
うちの母も「まあ……それなら安心ね」と納得した様子で、心配そうにしていた顔がやわらいだ。岳人さんって、見た目ゴツいけど、やっぱり大人だなあとしみじみ思った。
「じゃあ、明日の朝迎えに来るから、荷物は今日のうちに用意しておけよ」
「はいっ! バッチリ準備します!」
車が去っていくのを見送ってから、私は部屋に戻った。
部屋に入ると、静かすぎてさっきまでのにぎやかさとギャップが大きい。
リュックを広げて、着替えや洗面用具を詰め込みながら、じわじわと実感がこみ上げてきた。
「明日、行くんだ。不帰森ってどんな場所だろう」
不思議な日記アプリに導かれるように始まった今回の出来事も、いよいよ終わりが近づいてるんだと思うと、不安とワクワクがぐるぐる混ざって胸いっぱいになる。
スマホを手にして、画面を開いた。
今日の日記を書けば、それを健一さんが読むのは「三十日」。つまり――健一さんが目的地にたどり着いて、帰還できるかどうかの勝負の日だ。そう考えると、じわっと目が熱くなる。
「最後なんて、ちょっと淋しいけど。でも、それが一番いいことなんだよね」
深呼吸して、画面に文字を打ち込んでいく。
『私達も前日に目的地に向かい、現地近くで宿泊して朝から待機できる様にします。健一さんが無事に到着して、帰って来れる事を祈ってます! みんなで待ってる!』
書き終えて、「送信」を押す。画面にポンッと文字が表示されて、心の中も少しだけ軽くなった。
スマホを枕元に置いて、布団に潜り込む。
外ではまだ蝉が鳴いてるけど、気づけばまぶたが重くなってる。
明日からは、ほんとの意味での勝負だ。
そう思いながら意識が少しずつ遠のいて、私は静かに眠りについた。
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