第27話
7月26日、佐藤健一は高原の草地で目を覚ました。頭がぼんやりとして、背中に草の感触がする。
昨日、森側の斜面で急な揺れに襲われて気を失ったんだ……。体を起こそうとすると、何か柔らかくて温かいものが自分を取り囲んでいることに気づいた。
「え……これ、何だ?」
健一は思わず呟いた。グルリと周りを囲む白い物体。それは、ふわふわとした体毛が生えた巨大な身体だった。
まるで守るように健一を包み込むその姿は、前に遠くから見た白い生物――白竜そのもの。長くうねる胴体が、ダックスフンドを伸ばしたような不思議な形をしている。
健一の心臓がドキドキと鳴り響いた。こんな近くで、しかも囲まれてるなんて……。
白竜の頭がゆっくり動き、大きな目が健一を捉えた。すると、渋い声が響いた。
「お主、気がついたか。身体は大丈夫か?」
声は低く落ち着いていて、まるで年配の男性が話すような感じ。理知的な口調に、健一はさらに驚いた。喋るのか、この竜……。
健一は慌てて体を起こし、声を絞り出した。
「あ、ありがとう……。えっと、俺は大丈夫です。あなたは……白竜ですか?」
動揺が止まらない。大きさ、喋る事実、守られてたこと。頭が混乱している。
白竜は静かに頷いた。
「そうだ。昨日、あの異変で高原に避難してきた。その時、お主が倒れているのを見つけた。高原は危険な生き物が少ないが、皆無ではない。だから、見守っていただけだ」
言葉は丁寧で、気遣いが感じられる。健一は胸が少し温かくなった。守ってくれてたのか……。
「本当に、ありがとうございます。私は、佐藤健一って言います。突然この世界に来ちゃって、困ってたんですけど……」
健一はなんとか礼を言い、自己紹介した。動揺しながらも、話せば少し落ち着くかも。
白竜は目を細め、答えた。
「俺はアルビオルだ。山脈を中心に暮らしている。ただ、長く生きているだけの竜さ。のんびりと気ままに飛ぶだけだよ」
渋い声に、穏やかな笑みが混じっている気がした。健一は少しリラックスして、質問を続けた。
「アルビオルさん……昨日のは、何だったんですか? 地震みたいだったけど、空間が揺れる感じで……。」
アルビオルは首を振り、声を低くした。
「俺も驚いた。あんな事態は今まで経験したことがない。まるで世界そのものが揺らぐようだったな」
健一は頷いた。あれは普通の地震じゃなかった。アルビオルとの会話で、健一の心は徐々に落ち着いてきた。白竜は怖い存在じゃなく、むしろ優しい感じがする。
アルビオルが促すように言った。
「景色を見てみろ。お主の住む小屋は無事だと思うが……」
健一は立ち上がり、周りを見回した。高原の草地はいつも通り、湖がキラキラ輝き、山脈の雪の峰がそびえている。地割れや地滑りはなく、なんらかの被害は見えない。
「地震じゃなかったんだ……」
健一は呟いた。日本で何回も経験した地震と違い、空間ごと振り回される感覚を思い出す。
そして、麓の方に目を向けると、息をのんだ。裾野の森の向こう、広大な大草原が広がっていたはずの景色が、完全に変わっていた。金色と緑の草原が消え、何か異質な黒い森が延々と広がっている。
木々が黒くツヤツヤしていて、植生が全然違う。まるで別の世界が侵食したような感じ。
「え……あの大草原が、こんなに変わってる!? たった1日で……!」
健一は驚きの声を上げた。アルビオルも静かに眺め、言葉を失っているようだった。
アルビオルが大きな目を向けて、渋い声で言った。
「あれは異常だ。俺も長く生きてきたが、こんな変化は見たことがない」
声は落ち着いているけど、どこか心配そうな響きがあった。健一は頷いて、声を絞り出した。
「草原が、黒い森に変わってる……。白竜さん、あの異変のせいですか?」
アルビオルはゆっくり首を振った。確かな事はわからんがと続ける。
「高空から各地を見て回っていると、守護者たちから愚痴を聞くことがある。大草原で何か問題が起きつつある、とな。詳細は知らんが、まさかここまでの事態になるとは思わなかった」
健一は息をのんだ。守護者たちの話か。老人も知ってるかもしれないけど、今はアルビオルに聞くしかない。
「問題って、何か変な生き物とかですか?」
「いや、もっと深いものだ。良くない人間達が居たが、それだけでとも思えん。世界そのものが揺らいでいるのかもしれん。」
アルビオルの言葉に、健一はぞっとした。この世界に来てから、いろんな驚きがあったけど、これは別次元だ。
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