第12話
健一は湖畔で老人と対面していた。背は低いが筋肉質な体型、白い髭が風に揺れる老人は、まるでこの世界の一部のような不思議な存在感を放っていた。
健一の心臓はまだ高鳴っている。この世界に来て初めて出会った「誰か」。
危険かもしれないが、話さずにはいられなかった。
健一は深呼吸し、口を開いた。
「あの、突然で申し訳ないんですが。俺、気がついたらこの高原にいて。東京から、急に飛ばされたみたいで。帰る方法を探してるんです。困ってて。あなたは、誰ですか?」
健一はさらに尋ねた。
「私は佐藤と言います。ここは何処でしょう?」
老人は小さく笑い、答えた。
「俺はこの高原と山脈を見守る守護者だ。他の者にはヴァル爺と呼ばれているな。人族ではない」
健一は内心、「地域の神様か精霊みたいなものか?」と思ったが、口には出さなかった。
「森には森の、平原には平原の守護者がいる。そして、今いる高原は白竜の庭と呼ばれる場所になる」
守護者が各地にいるということは、この世界では老人の様な存在は珍しくないのかもしれない。
老人は鋭い目で健一を見据え、短く答えた。
声は低く、淡々としていたが、冷たさはない。健一は少しほっとしつつ、質問を続けた。
「白竜の庭? あの、空を飛ぶ白い生物のことですか? ここは、私の居た世界じゃないですよね?」
老人は小さく頷いた。
「お前は別の世界の人間だな。珍しい事だ。白竜は庭の守護獣。基本的に人を襲わん」
言葉は簡潔だが、どこか落ち着かせる響きがあった。健一は勇気を振り絞り、核心に迫った。
「別の世界。なんで俺がここに来たのか、わかりますか? 帰る方法を知りませんか?」
老人は一瞬黙り、湖の方を眺めた。
「理由はわからん。帰るのは難しいかもしれない。お主のもつ道具か?それが、何処かと繋がっているのを感じる。それが使えるかもしれん。考えてみる」
その言葉に、健一はわずかな希望を感じた。スマホと不思議なアプリが鍵だろうか。だが、老人の口調から、答えがすぐに出るわけではないこともわかった。
「初めての事だ。試行錯誤が必要だな」
老人の言葉は淡々としていたが、真剣さが伝わってきた。会話が一段落すると、老人は突然身をかがめ、どこからともなく大きな皮袋を取り出した。
健一が驚く間もなく、袋を差し出された。
「これを持っていけ。役に立つ。」
健一は受け取り、礼を言った。
「ありがとうございます! また会えますか? 手がかりがあったら教えてください!」
老人は頷き、「また会おう」とだけ言い、湖畔の草地をゆっくり歩き去った。
健一は老人を見送りながら、胸に希望と不安が混じるのを感じた。
白竜の庭、守護者、別の世界。情報が多すぎて頭が整理しきれなかった。
小屋に戻ると、健一は皮袋を開けた。中には火打ち石、金属製の小さな鍋、米が入った小さな皮袋、干した何か動物の肉が数切れ、麻紐のような束、そして大型のナイフが入っていた。
「こりゃすごい!」
火打ち石は暖炉の火起こしが楽になる。鍋は米を炊いたり、魚を調理するのに使える。干し肉と米は貴重な食料だ。
麻紐は魚罠や道具作成に使えるかもしれない。ナイフは鉄の破片よりはるかに実用的だ。
老人からの贈り物は、生き延びるための大きな助けだった。
健一は暖炉に火をくべ、干し肉を噛みながら考えた。
守護者の存在、白竜の庭。この世界も予想以上に複雑だ。
老人は帰る方法を考えてくれると言ったが、すぐには答えが出ないだろう。
東京の高校生のことも気になる。あの子は今、何を考えてくれているのか?
夜、暖炉の火が揺れる中、健一はスマホを取り出した。
日記アプリを開き、昨日の高校生の日記を読み返した。魚罠は麻紐があれば作れそうだが、繊維を編むのはまだ難しい。
槍のアイデアはすでに試したが、魚を捕まえるのは時間がかかる。
ふと、朝の違和感を思い出した。高校生の日記が、一昨日書いた内容に反応していた気がする。
時間差があるのか? 情報が多すぎて、制限内では伝えきれない。「これは無理があるよなぁ」と苦笑しつつ、慎重に日記を書いた。
『魚罠の作り方ありがとう。作ってみる。槍は作ってみた。髭を剃れないのが悩み。そして、この土地の守護者を名乗る老人に出会った!この高原は白竜の庭らしい。あの白い生き物は白竜なのか。色々と道具や食料も貰えて、帰る方法はわからないが考えてみると言ってくれた。希望が見えた』
保存ボタンを押し、ボタンがグレーになるのを確認し、スマホをオフにした。
草の寝床に横になった。湖に映る二つの月を見ながら、健一は思った。「老人と高校生、どっちも希望だ」目を閉じ、今日も終わった。
最後まで読んでくれて感謝します!




