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第二章

二章で終わりました。

「あのクソ女神が!!」

師匠と共に飛ばされたのは、闇に包まれた荒れ果てた世界だった。

「ここは?」

「分からん。まぁ、少なくとも彩花ちゃんがいる世界ではないだろうな。」

「僕のセンサーも彩花はいないと言っています。」

「流石に怖いぞ。」

怖がる師匠をよそに、僕は強大な魔力を発している巨大な城へと向かう。

「おい、どこに行く気だ?」

「この世界で一番強い奴に転移する方法を聞きます。」

「いいか。確かにあの城にいる奴がそれを知っている可能性はゼロじゃない。

だが、あそこにいる奴は確実にお前より強いぞ。」

僕も感じていたが、やはりあの城の主は僕よりも強いらしい。

「このまま行っても殺されるのがオチだ。

それでも行くのか?」

僕の目を真っ直ぐ見つめる師匠に、僕も真っ直ぐに返す。

「彩花を救うためなら、あの女神だって殺してみせます。」

僕の言葉にため息をつく師匠。

「分かった。付き合ってやる。

ただし、一つ約束しろ。死ぬな。

俺は彩花ちゃんが悲しむのは見たくない。」

その言葉に僕は黙って頷いた。

「よし、じゃあ行くか!」

そう言って笑う師匠と共に、僕は強大な魔力の待つ城へと向かった。


「よくここまで来たな。」

城内には多くの敵がいた。

しかし、師匠の協力もあり、半日ほどで最深部にある部屋まで辿り着くことができた。

その部屋の中心に置かれた椅子に腰掛けていた大きな影がゆっくりと立ち上がる。

「我が名はヘイト。この世界を支配する王だ。」

そう言いながら羽織っていたマントを取ったヘイト。二メートルは優に超え、鎧のような物で身を包むその姿は、まさに王と呼ぶに相応しい。

そして、その身には途轍もない魔力も纏っている。

「お前に聞きたいことがある。」

僕と師匠は魔力を研ぎ澄まし、臨戦態勢を取る。

「ならば、私を倒して見せろ!」

その言葉を皮切りに、僕達とヘイトの戦いが始まった。

火の玉、氷の礫、雷、竜巻と様々な魔法が飛び交う中、僕は目に魔力を込め、ヘイトを観察していた。

(何故これほど強い魔法を連発できる?)

「あの!もう無理なんですけど!手伝って欲しいんですけど!」

そう叫ぶ師匠を無視し、僕は思考を巡らせる。

(いくら魔力が多いとしても、あのペースで魔法を放っていたら魔力がそこを尽きるはずなのに。)

「もういいかな!?この防御魔法、解いちゃっていいかな!?」

(そうか!魔力の流れが恐ろしくスムーズなんだ。

くそっ。そんなの師匠は教えてくれなかったぞ。)

そう思い、師匠を睨みつけると、師匠が信じられないといった表情を浮かべた。

「何で睨んでるの!?

こっちが睨みたいんですけど!

親がいなかったらお前は死んでるんだぞ!?」

僕はそれに答えることなく、防御魔法を飛び出してヘイトに肉弾戦を仕掛ける。

足に魔力を込め、ヘイトの背後へと回り込む。

そして、その背中に拳を振り下ろした。

しかし、それに気付いたヘイトは瞬時に振り返ると、僕の拳に合わせて魔法を繰り出してきた。

拳と魔法がぶつかる衝撃で互いに身体が浮き、後方へと吹き飛んだ。

(あそこから切り返すか。)

僕は空中で体勢を整えつつ、次の手を考える。

(もっとスピードを上げないと。)

先程の衝突でパワーはこちらが上だと分かった。

現にヘイトは切り返した右腕を損傷していた。

「素晴らしいな。まさか私の腕がやられてしまうとは。」

僕と同じく体勢を整えたヘイトがそう言いながら、右手の損傷を回復させる。

「まぁ、こんなもの一瞬で治せるがな。」

(あれ、直せるのか。)

その事実に僕は驚愕した。

そうなると、僕の計画は大きく変わる。

僕の様子に笑みを浮かべるヘイト。

「どうした?諦めたのか?

ほら、かかってこないのか?」

どうやら、僕が動揺していると思っているらしい。

僕はそんなヘイトを無視し、意識を更に研ぎ澄ます。

(よし、殺すつもりでやろう。)

僕は先程の倍の力を込めて地面を蹴った。

そして、その勢いのままヘイトの腹部に拳を繰り出す。

「ガハッ!」

息の抜ける音と共に、ヘイトは吹き飛んだ。

僕はそれを追い抜き、飛んでくる背を受け止める。

そしてそのまま地面へと叩きつけた。

更に倒れるヘイトの胴を蹴り飛ばす。

「うわぁ…」

若干引き気味の師匠をよそに、僕はヘイトに視線を向けた。

「まさか人間にここまでやられるとはな。」

そう言って再び治療を行うヘイト。

「貴様にはお礼をしなければならないな。私の最強の魔法を見せてやろう!」

ヘイトの両手に凄まじい魔力が込められる。

そして、その魔力が爆ぜると同時に五体の巨大な龍が現れた。

「これで貴様は終わりだ!」

その言葉と共に、五体の龍が僕に向かって飛んでくる。

「はっはっは!たかが人間風情が、私に敵うと思うなよ!」

勝ち誇るヘイトの背後に回り込み、両手と両足を砕く。

そして動けなくなったヘイトに向け、強めに力を込めた拳を振り下ろした。

「ウェェッ」

僕の攻撃に血反吐を吐いて苦しむヘイト。

「お前、可哀想だろ。」

その様子を見ていた師匠がそう呟いた。

「大丈夫です。こいつ、怪我治してましたし。」

そう返す僕を無視して、師匠はヘイトに声をかけた。

「大丈夫か?」

「はっ、はっ。何なんだ貴様は。」

息も絶え絶えといった様子で、その質問に答えるヘイト。

「俺も同じ気持ちだ。お前、それ治せるのか?」

それには返答することなく、傷を治しつつゆっくりと起き上がるヘイト。

「何故殺さない?お前達は私を殺しに来たのではないのか?」

「いや、僕達はお前に聞きたいことがあっただけだ。

最初に言っただろ。」

「まぁ、本当にそうだとは思わんだろうがな。」

僕の言葉に師匠がフォローを入れる。

何故師匠はヘイト側についているのだろうか。

「いいだろう。貴様に敵わないことはもう分かったからな。何が聞きたい?」

偉く素直なヘイトに驚きつつ、僕は質問を投げた。

「異世界転移の方法が知りたい。」

その質問にしばらく考えてから答えるヘイト。

「そうか。すまないが、異世界転移の方法は知らない。」

あれ程の魔法を使うヘイトを見て、期待していたが、ここでも情報は得られないらしい。

僕と師匠の間に流れる重い空気。

それを切り裂いたのはヘイトだった。

「だが、この世界には転移魔法と通信魔法なら存在している。

それを上手く掛け合わせることができれば、転移は可能だと思う。」

なるほど。

今はまだ存在しないが、作り出せる可能性があるということだ。

「お前にできるのか?」

「私は元々魔法を研究していたんだが、その過程で強くなり過ぎてしまい、王になったのだ。

私に作れない魔法などない!」

得意げにそう答えるヘイト。

何だか師匠と同じ匂いを感じる。

「どのぐらいでできる?」

「それは分からない。膨大な魔力も必要だからな。

貴様らが手伝うというなら、一年以内には完成するはずだ。」

今の僕は一年も待てる程気長じゃない。

「今日作れ。」

殺意を込めてそう言う僕に怯えるヘイト。

「いや、無茶言うな。」

そうツッコミを入れる師匠を睨むと、ヘイトと同じように怯える。

「何故、異世界に行きたい?」

そんなやり取りを見ていたヘイトが僕に疑問を投げてくる。

「僕の彼女を、彩花を救うため。」

強い意志を込めてそう言う僕をじっと見つめるヘイト。

「なるほど。分かった。

では、貴様達にも死ぬ気で働いてもらおう。」

笑みを浮かべて、ヘイトが僕に手を差し出す。

「え、貴様達って言った?

俺も入ってる?」

師匠を無視して、僕はその手を取る。

こうして、僕達の魔法研究が始まった。


僕達の戦っていた部屋で、ヘイトが僕と師匠に向かって説明を行っていた。

「まずは異世界との通信を可能にする必要がある。

通信が可能になれば、その座標を辿って転移も可能になると思う。」

その言葉に黙って頷く僕と師匠。

「同じ世界で通信するには、相手の顔を浮かべて魔力を飛ばすだけでいい。

一度、その感覚を覚えてくれ。」

そう言って、ヘイトは僕に向かって魔力を飛ばす。

(聞こえるか?)

(聞こえる!頭に声が直接響く感じがするな。)

何だか不思議な感覚だ。

「正直、魔法自体は単純だから簡単だ。

だが、異世界とのやり取りとなるとハードルが上がる。

まず、強い魔力が必要だ。

まぁ、貴様の場合は問題ないが。

そして、一方通行ではなく、相手もこちらとの連絡を取りたいと強く願っていなければダメだ。」

(彩花!彩花!)

(え、優吾!何で!?)

(よかった!今、魔法で通信してるんだ!

怪我してない!?)

(うん、大丈夫!優吾も無茶してない?)

(大丈夫!あと少しだけ、待っててくれ!

必ず迎えに行くから!)

(うん、知ってるよ。待ってるからね。)

(また後で連絡するから!)

彩花の無事を知り、僕の目からは涙が溢れる。

「なぁ、あれさ、通信できてるっぽくないか?」

「いや、まさか。そんなはずがない。

相手はこちらが通信しようとしていることすら認識できていないはずだ!

だから、時間をかけて粘り強く何度も通信を試みる必要がある。」

「でもさ、ずっと黙ってるし、なんか泣いてるし。」

「まさか、そんなはずは…」

一度通信を終え、目を開けると呆れる師匠と信じられないといった表情を浮かべるヘイトが立っている。

「ヘイト。ありがとう。おかげで彩花と話すことができた。」

僕はヘイトに頭を下げる。

「あ、いや。それはいいのだが。何故通信できた?」

困惑しながらそう聞くヘイト。

何故そんなことを聞くのだろうか。

「何故って、互いを想えばいいだけなんだから、簡単だろ。」

僕と彩花は常に互いを想っている。

それに魔力を乗せるだけなのだから、できない道理がない。

「聞くだけ無駄だ。こいつらの愛は常人には理解できん。」

どこか納得がいかない様子のヘイトに師匠がそう声をかけている。

「そんなことより、通信はできた。次は転移魔法だ。座標が分かったんだから、できるだろ。」

僕の言葉にヘイトが言葉を詰まらせる。

「いや、そうなんだが、その」

「何か問題があるのか?」

「異世界への転移には膨大な魔力が必要なんだ。

それに魔法陣も作らなければならない。

だからどうしても時間がかかってしまう。」

「どのぐらいかかる?」

「魔法陣は一週間あれば作れるはずだ。

転移魔法に座標を組み込むだけだからな。

しかし、魔力は少なくとも三ヶ月程度は貯める必要がある。」

それはあまりにも長い期間だった。

「そんなに待てない。どうにかしろ。」

「いや、無理だ。確かに、貴様が通信を成功させたから、想定よりも圧倒的に座標を手に入れることができた。

だが、魔力はそうはいかない。」

「優吾、落ち着け。こればっかりはヘイトの言う通りだ。」

僕は近くにある石柱に拳を叩きつける。

(くそっ!彩花が待ってるのに、僕は何もできないのか!)

「とりあえず、私は魔法陣を作る。

その間にこれに魔力を貯めてくれ。」

そう言って、僕達の前に巨大な容器を用意して、別の部屋へと消えるヘイト。

「優吾。早く彩花ちゃんを助けたいって気持ちは分かるが、今はとにかく、魔力を貯めるしかない。」

師匠の言葉に頷き、ヘイトの用意した容器へと魔力を込める。

「こりゃ、確かに三ヶ月かかるかもな。」

僕も師匠も全力で魔力を込めるが、魔力が溜まる様子が見えない。

早く彩花を助けたいのに何もできない自身の無力さに腹が立つ。

(優吾!優吾!)

そんな時、僕の元へと彩花から通信が届いた。

(彩花、どうしたの?)

(さっき、優樹君達と一緒に王様に呼ばれて、一ヶ月後にダンジョンに行くことになっちゃった。)

恐怖を滲ませながらそう言う彩花。

どうやら、彩花のいる世界にはモンスターが存在しており、そのモンスターが生息する場所をダンジョンと呼ぶらしい。

(大丈夫。そんなとこには絶対行かせない。)

(本当だよ。僕が彩花に嘘ついたことある?)

(ない。うん、優吾を信じてる!)

(ありがとう。僕も一つ、彩花にお願いがあるんだけど。)

(お願い?)

(うん、実は…)


魔法陣の大枠を描き終えた私は、優吾達のいる部屋へと向かった。

(しかし、あの人間達は一体何者なんだ。)

優吾の強さは身を持って知った。

そして、優吾の師匠である宮下も途轍もない実力の持ち主であることは間違いない。

(異世界にはまだあの様な強者がいるのかもしれんな。)

この世界で最強となり、慢心していた私にとって、私に匹敵する者と圧倒する者が現れたことは衝撃だった。

あれ程にあっさり負けたことが悔しかった。

(私もまだまだ強くなれる。)

まずは奴等を超える、そんなことを考えながら、部屋へと入った私の目に、信じられない光景が映る。

「頑張れ頑張れ優吾っ!」

「ありがとう、彩花!!」

部屋の中心に映し出されるメイド服を着た少女。

その少女からの応援を受け、途轍もない魔力を放つ優吾。

そして、それを死んだ目で見つめる宮下がいた。

「おい、宮下!何だあれは!?」

宮下を現実へと連れ戻し、この状況を問いただす。

「おぉ、ヘイトか。何だ、もう魔法陣作り終わったの?」

私の質問を無視して、呑気にそんなことを聞いてくる宮下。

「私の話を聞け!あれは何だ!?」

あの様に異世界の映像を映し出す魔法は私も見たことがなかった。

「やっぱり説明しないとダメか。」

そう言って、嫌そうな顔をしながら、宮下は説明を始めた。

「えっとな、彩花ちゃん、あそこに映ってる子が優吾の彼女なんだが、よく分からんがあの子が一ヶ月後に魔物と戦わないといけないらしくてな。

それを止めるために一ヶ月で魔力を貯めようと考えたらしい。」

「そんなことは知らん!

あの魔法と魔力は何だと聞いているんだ!!」

「俺だって分かんねーよ!

優吾に聞いても意味分かんなかったし!

あいつが言うには、魔力を大量に送って、彩花ちゃんの姿を再現してるらしい。」

確かに、原理としては理解できる。

通信ができるのも、魔力で相手の声を再現して頭に流れる様にしているだけだ。

しかし、音だけを再現するのと、映像として再現するのでは全く別の話。

難易度も求められる魔力量も跳ね上がる。

「そんなことが、可能なのか…」

「こうして目の前でやってるんだから、できるんだろうな。

俺には絶対にできん。」

恐らく、私にも再現することは不可能だろう。

「そんな魔法を使っていながら、尚あれほどの魔力を貯めているのか。」

最低でも三ヶ月はかかると想定していたが、あのペースであれば一ヶ月かからずに貯まるはずだ。

「何故、何故あの男はこれ程までの力を…」

ずっと疑問に思っていた。

何故、ただの人間がこれ程までの力を持っているのか。

その問いに答えたのは宮下だった。

「そうだな。俺もこんなふざけたこと認めたくないが。

あれが優吾と彩花の愛の力だ。」

「愛の力…」

私にはそれが何なのか分からなかった。


彩花が異世界へと連れ去られ、四週間が経った。

「優吾、準備ができたぞ。」

毎日、彩花に応援してもらいながら、気を失うまで魔力を貯めた甲斐もあり、予定よりかなり早く魔力を貯め終えることができた僕達は、ようやく彩花のいる世界へと旅立つ。

「よし、行こう。」

僕達は魔法陣の上に立った。

「いいか、通信魔法の座標を辿るが、異世界へと飛ぶとなれば、場所や時間に多少の誤差は出る。

それに我々も同じ場所に辿り着くかは分からない。」

その言葉に僕と師匠は頷く。

「僕は彩花の元に行きますので、師匠とヘイトは合流して魔法陣の作成を。

僕も彩花を保護して、直ぐに合流します。」

僕の言葉と共に、足元の魔法陣が光を放つ。

「では、お気をつけて。」

僕達の視界は白く塗りつぶされた。


異世界へと転移した僕は直ぐに彩花の元へと向かう。

「グガァ!!」

(早く、早く!)

「「「ギャァ、ギャァ」」」

(早く、彩花のとこに!)

「止まれ、人間!」

(早く!!)

「何だ貴様は!!」

(着いた!)

「彩花!!」

「優吾!!」

四週間ぶりに再開した僕達は熱い抱擁を交わす。

「怪我してない!?大丈夫!?」

「大丈夫!優吾こそ、大丈夫!?

何か血だらけだけど!!」

「返り血だから大丈夫!」

ここまで来る途中に、何か轢いてしまったようだ。

「彩花、待たせてごめん。」

僕は一度彩花から離れ、謝罪の言葉を伝える。

そんな僕の頬を掴んで、顔を上げさせた彩花はとびっきりの笑顔だった。

「謝らないで!

こんなとこまで迎えに来てくれたんだから!

優吾、ありがとう!!」

その笑顔に僕の心臓は撃ち抜かれる。

そんな僕達の部屋に城の兵士が飛び込んできた。

「貴様!何者だ!」

「その方から離れろ!」

「騎士団を呼んでこい!」

どうやら、僕は悪者らしい。

「待ってください!彼は…」

「ちょっとごめんね。」

弁解しようとする彩花を抱えて、僕は窓から飛び降りた。

「きゃあーー!!」

叫ぶ彩花に僕は優しく声をかける。

「大丈夫だよ。」

僕は宙を蹴り、そのまま街を離れていく。

「え、凄い!

優吾、こんなことできたの!?」

「彩花のためなら何でもできるよ。」

驚く彩花に答えながら、僕達は空中散歩を楽しんだ。


何者かが城に侵入して、彩花を人質に取っている。

その知らせを聞いた俺達はすぐさま彩花の部屋へと向かう。

しかし、そこには既に彩花の姿は無く、三人の騎士が立ち尽くしていた。

「彩花は!?」

俺がそう聞くと、騎士の一人が答える。

「申し訳ありません。窓から連れ去られてしまいました。」

その言葉に抑えきれない怒りが湧く。

「そいつの特徴を教えろ!!」

俺は怒りに身を任せ、激しい口調で騎士を問いただす。

「黒髪で背の高い男でした。」

「他には!?」

それだけでは到底犯人を絞ることなど不可能だ。

「いえ、これといった特徴は。

少し気になったのは、百瀬様が見たことのない表情をされていました。」

「表情?」

「はい、その、何と言いますか。恋する乙女の顔というか…」

「優吾じゃね?」

そう言ったのは俺の後ろに立つ海斗だった。

「私もそう思います!」

その隣で、手を高く上げるちひろ。

「その男の表情を教えてもらえますか?」

俺の質問に困惑しながらも、騎士の一人が答えてくれる。

「男の方は、その、正しい表現かは分かりませんが、聖母の様な顔でした。」

「「「絶対優吾だ」」」

あの男は彩花を愛しすぎている。

そのため、再会するたび、幸せすぎて表情が固まり、聖母の様な微笑みを浮かべたまま少し固まるのだ。

「あいつ、とうとう異世界まで来たか。」

「そりゃ、優吾だからね。」

そう言いながら、呆れた笑顔を浮かべる海斗と心の底から笑うちひろ。

「そうか。優吾は凄いな。」

愛する人のために異世界まで来るとは、本当に凄い男だと感心する。

「でさ、私達はどうする?」

「俺は優吾に合流したい。あいつ、絶対帰る方知ってるし。」

「私も合流したいなー。」

二人の言葉に俺も悩む。

正直、俺も優吾が来たなら合流したい。

ここに来たということは、帰る手段を確実に知っているからだ。

というか、優雅であれば、もし知らなくても彩花を連れ帰るために、帰る方法ぐらい探し当てるだろう。

しかし、この国を裏切るのも気が引ける。

「「優樹くん、その悩みは不要だよ。」」

俺の心情を察したのか、石川兄弟がこちらを見つめている。

「まず、あいつらは俺らを勝手にこんな世界に連れてきた。」

「その上、私達に世界を救えなんて無茶を押し付けて、戦わせようとしてる。」

「帰る手段がねーから、とりあえず従ってたが、もうその必要はないだろ。」

「優吾に合流する、それが最善の手だと思うな。」

「「さぁ、どうする!!」」

二人に見つめられた俺は笑顔で答えた。

「優吾と合流しよう。」

次の日、俺達の脱走を知った城内は蜂の巣をつついたような騒ぎであった。


「久しぶりだな、優吾!」

「お前、よくここまで来れたな。」

「愛の力って凄いねぇ。」

「久しぶりだね、みんな。」

久しぶりに再開した三人に、僕は軽く挨拶した。

そんな僕に不満気な表情を浮かべる三人。

「あのさ、彩花にもそうやって言うわけ!?」

「お前は何て酷い奴だ。」

「俺達にも多少は優しくしてくれよ…」

一体何を言っているのか。

彩花と他の人類を同率に考えることなど、出来るわけもないのに。

「こら!優吾くん!

みんなにも優しくしないとダメでしょ!」

「彩花ー!」

僕を叱る彩花に飛びつくちひろ。

「何でここが分かったんだ?」

この場所は街からも離れており、そう簡単に見つけられるはずがない。

僕の疑問に優樹が答える。

「俺達も魔法が使えるからな。彩花の魔力を追ってきたんだ。」

なるほど。

彩花との再会に浮かれて、警戒を怠ってしまったらしい。

「優吾はどうやってここまで来たんだ?」

僕はここまでの経緯と、元の世界に戻るために魔力を貯めていることを伝えた。

「もちろん、私達も連れて帰ってくれるよね?」

ちひろの言葉に彩花はすかさず答えを返す。

「当たり前だよ!みんなで一緒に帰ろう!」

「ありがとー!!」

そんな彼女達のやり取りを見ていた僕に、優樹と海斗からの疑うような目線が飛んでくる。

僕はその目線を毅然とした態度で受け入れた。

僕も彼等に友情を感じているため、流石にここに置いていこうとは考えていなかった。

もし、転移に人数制限等があれば話は別だったが、そんなこともない。

「ちゃんと連れて帰るよ。」

僕の言葉に安心した表情を浮かべる二人。

どうやら、僕はかなり信用がないらしい。

「盛り上がってること悪いんだけどさ、そろそろ俺らの紹介もしてもらっていいかな!?」

大人気なくそんなことを言ってくる師匠。

その言葉を受け、僕は渋々、皆に紹介する。

「この人は宮下護さん。僕の師匠で、異世界転生から帰ってきた勇者らしい。」

らしいって何だよと突っ込む師匠を放置し、ヘイトに目線を向ける。

「こっちはヘイト。僕と師匠が飛ばされた世界を支配してた王様だ。

魔法が得意で、異世界への転移魔法を作ってくれた。」

僕の言葉に驚きを隠せない三人。

「何でそんな人達と一緒にいるんだ!?」

「だからあんなに強かったんだな。」

「私達、一回も勝てなかったもんね。」

二人の正体に驚愕する優樹と僕の強さに納得する石川兄弟。

「ヘイトが作った魔法陣に魔力を込めれば地球に帰れる。

ただ、魔力を貯めるのに三日ぐらいかかると思うから、それまで待っててくれる?」

僕の言葉に頷く彩花と三人。

その隣で師匠とヘイトが驚いたような表情を浮かべていた。

「三日で貯めれるわけねーだろ!

お前があれだけやって、四週間かかったんだぞ!?」

「優吾、流石に三日は無理だろう。」

二人の言葉に僕は反論する。

「二人とも、僕と彩花の力を侮っていますね。

映像ではなく、本物の彩花に会えて、こうして触れ合ってる。

三日あれば十分です。」

その言葉を一切疑うことなく聞き入れる彩花達。

それを見た師匠とヘイトが大きなため息をついた。

「何だよそれ。これで本当に三日で貯めれたら、いよいよ人間じゃなくなるぞ。」

そんなことを言う師匠を横目に、僕が魔力を貯めていると彩花から声がかけられた。

「優吾。ちょっとだけ聞いて欲しいんだけど、いいかな?」

僕はすぐに彩花に向き合い、大きく頷いた。

「あのね、実は、私達はこの世界の勇者として呼ばれたらしくて。

今、この世界は魔王に支配されてるんだって。」

「分かった。僕が魔王を倒してくるよ。」

彩花の言葉を待たず、僕はそう約束する。

「本当に?」

「もちろん。」

正直、そんなのどうでもいい。

むしろ、彩花を連れ去ったこの世界の住人には復讐したいところだ。

しかし、彩花はそれを望まない。

この世界の平和を心から願っている。

何故なら、彩花は心の中も世界一美しい人だから。

だから、僕は魔王を滅ぼす。

「彩花達はここで待ってて。

何かあってもヘイトが守ってくれる。」

「え、俺は?

もしかして付いてかないといけないの!?」

そう言う師匠を無視し、僕は転移魔法を展開する。

「じゃあ、行ってくる。」

僕の視界は再び白く染められた。


「お前が魔王か?」

この世界で最も強大な魔力を持つ者の元へと転移した僕は、そこにいる者にそう問いかける。

「いかにも。私が魔王アッシュヴァルである。

貴様が異世界から来たと言う勇者か?」

その言葉を僕は否定する。

「違う。

僕はお前を滅ぼして、彩花と地球へ帰るんだ。」

「勇者ではないのか。残念だ。

勇者なら、私のいい遊び相手になると思ったが。

貴様ごときでは相手にもならん。」

そう言って、僕に向かい魔法を放ってくるアッシュヴァル。

僕はそれを跳ね除け、魔王に拳を浴びせる。

「グァァ!!」

僕の攻撃を受け、消え去っていく魔王。

「マジで可哀想だわ…」

この場に残ったのは、師匠の同情だけだった。


「ただいま。」

魔王を滅ぼし、皆の元へと帰った僕はすぐさま彩花に抱きついた。

「おかえりなさい!」

笑顔で迎えてくれる彩花に、僕の心は踊り出す。

「随分と早かったけど、まさかもう魔王を倒したのか?」

いちゃつく僕に優樹がそう聞いてきた。

「あぁ、倒したよ。大して強くなかったし。」

あの魔王よりも師匠やヘイトの方が何倍も強い。

「そうか…」

どこか遠い目をする優樹とそれに同情するような視線を向ける師匠。

「じゃあ、僕は魔力を貯めるから。」

そう言って魔法陣へと魔力を込める僕に彩花が声をかけてくる。

「私もやる!」

それに続いて、優樹達も僕の元にやってきた。

「俺達にも手伝わせてくれ!」

「お前と比べると大した魔力じゃないけどな。」

「頑張るよー!」

そう言って、魔力を込め始める四人。

僕は懸命に魔力を込める彩花を見つめていた。

(何で可愛いんだろう。)

僕の心臓が跳ねる。

(何て美しいんだろう。)

僕の心臓が再び跳ねる。

(僕は彩花が好きだ。)

僕の心臓が強く跳ねるのと同時に、膨大な魔力が溢れ出す。

その魔力がそのまま魔法陣へと流れ込み、魔法陣が輝き出した。

「もう驚かないぞ。」

師匠と共に僕に呆れた目を向けるヘイト。

その横で彩花が喜びで飛び跳ねる。

「やった!ありがとう、優吾!」

他の三人も帰れるという事実に喜び合っていた。

「じゃあ、帰ろうか。」

僕達は輝きを放つ魔法陣に立ち、互いに顔を見合わる。

そして、そのまま僕達は光の渦に包まれて消えた。


「随分と好き勝手にされましたね。」

僕を睨み、そう言い放つ女性。

僕はその顔をはっきりと覚えていた。

「お久しぶりです、女神様。」

こいつこそが彩花を連れ去った張本人である。

「あら、随分と礼儀正しくなりましたね。」

前回とは違い、彩花も共に来ているため、下手な言動は取れない。

「何か御用ですか?」

僕達は直接地球へと帰る予定であったが、恐らく女神が魔法に干渉してきたのだろう。

「あなたを止めるためにここに呼んだのです。

心当たりがありますよね?」

止めるも何も、僕はただ彩花を助けただけだ。

そもそも、彩花が連れ去られなければ、僕がこの世界に来ることはなかったのだから、文句を言われる筋合いはない。

「あなたは私の決めた運命を捻じ曲げた。

神である私の決めたことを覆してはならないのです。」

その言葉に師匠が反応する。

「なら、俺達は運命を受け入れて大人しくしとけば良かったって訳か?」

「はい。」

当然であると言わんばかりの返答をする女神。

「そんな、なんて勝手な!」

「私達の意見は関係ないと?」

皆が口々に文句を言うが、女神は表情を変えずに僕を睨み続けていた。

「僕達を元の世界に帰してもらえますか?」

「ダメです。」

そう聞く僕に即答する女神。

「何故?」

「それは私の決めた運命ではないから。」

「では、僕達をどうしますか?」

一瞬間が空いた。

「全員殺します。」

その言葉と共に途轍もない魔力を女神が放つ。

僕は瞬時に彩花を抱き、影響の及ばない場所まで距離を取った。

「あの、俺達も助けて欲しかったんだけど!?」

僕と同じく、師匠とヘイトが優樹達を抱えて飛んできた。

「無理ですよ。あいつ、彩花以外に優しくないんで。」

そう言う優樹を他所に、僕は女神へと視線を向ける。

「ヘイト、みんなを守ってくれる?」

「いいだろう。」

「師匠、行きますよ。」

「嫌だ!」

抵抗する師匠を引きずり、女神の元へと向かう。

「おい、くそ女神。

僕達を今すぐ元の世界に帰して、もう二度と異世界へ転移させないと誓え。

そしたら、今回の件には目をつぶってやる。」

「随分と面白いことを言いますね。

私の決めた運命は絶対です。あなた達はここで死ぬ。」

「僕達がここにいる時点でお前の決めた運命は変わってるんじゃないのか?」

「ここで殺してしまえば問題ありません。」

「残念だが、お前は僕が殺す。彩花に手を出したこと、後悔しろ。」

「人間ごときが。私を殺せる訳ないだろうが!」

怒りのまま、僕達に向かって女神が巨大な火球を放つ。

「師匠、何とかしてください。」

「何で俺が!?」

そう言いながら、師匠が防御魔法で飛来する火球を防ぐ。

「っ!ギリギリだぞ、これ!」

ヘイトの魔法にも耐えた防御がたったの一撃でボロボロだ。

女神の背後にはその火球がいくつも浮遊していた。

「あれさ、全部飛んできたら俺死ぬけど。」

「頑張ってください。」

「死んだらお前を呪ってやる。」

飛んでくる火球の対処を師匠に任せ、僕は女神の背後へと回る。

そして、全力で殴りかかるがあっさりと避けられてしまった。

体勢を崩した僕を蹴り飛ばし、巨大な氷の礫を放ってくる。

僕はそれを殴って砕くが、その陰から女神が迫る。

その女神の右側から雷が飛んできた。

しかし、女神はそれを意に介さず、そのまま僕に突っ込んできた。

僕は女神の繰り出す拳を避け、反撃を試みるが攻撃が途切れないため、ひたすら避けるしかない。

「大人しく死んでください。」

どうやら、女神は女神で僕に攻撃が当たらないことに苛立ちを覚えているようだ。

何とか攻撃を捌き、再び女神と距離を取る。

「師匠。ちょっと時間稼いでください。」

「お前、俺のこと嫌いなの?」

涙目でそう訴える師匠。

口ではいつも弱気な発言をするが、やる時はやる人だ。

僕は師匠を信じて、彩花の元へと走った。

「彩花!」

僕の呼びかけに素早く反応してくれた彩花は、僕の目を見て頷いた。

そして、両手を広げて僕を抱き止めると、そのまま僕にキスをする。

「「何やってるの!?」」

ヘイトに守られていた優樹と女神の攻撃を必死に止める師匠の声が重なる。

数秒にも満たない口づけ。

だが、僕にはそれで十分だった。

僕は彩花を優しく手放し、両足に力を込める。

そのまま一気に女神と距離を詰め、その顔面に拳を叩き込んだ。

吹き飛ぶ女神に魔法で追い討ちをかけながら、立ち上がる前に距離を詰める。

女神も僕に魔法で反撃を試みるが、それが僕に届くことはない。

僕は止まることなく、ひたすら攻撃を浴びせ続けた。

「一体何をした!?」

僕の攻撃に女神が叫ぶ。

神を名乗っておきながら、そんなことも分からないとは、何とも情けのないことだろう。

「貴様は、何者だ!

人間ごときが、それほどの力をどうやって手に入れた!」

拳を精一杯握りしめ、僕はその問いに答える。

「愛の力に決まってんだろうが!!」

渾身の力を込めた一撃は怒り狂う女神の腹部を貫いた。

ドガーン!!

爆発した女神の背後に巨大なハート型の煙が浮かび上がった。


「暑すぎる…」

夏休み明け、項垂れる様な暑さに愚痴をこぼしながら、我らが学舎へと続く道を歩いていた。

そんな僕の背中に、突然何かが飛びついてくる。

「おはよ!優吾!」

背中から僕にそう声をかけてくる女子生徒。

その声に反応し、僕の口角は自然と上がる。

「おはよう、彩花。」

そう言いながら背中に目を向けると、女子生徒が僕に向かって飛び切りの笑顔を向けていた。

僕達が取り戻した日常。

それはこれからも変わることなく続いていくのだった。

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