第十九章 あなたを守るための選択
shangri|Laのマネージャーの坂崎さんから電話で詰問されたのはこの翌日だっ
た。彼女は凪くんには黙ってこの電話を掛けていると私に伝えた。
『事務所に手紙が届いたの。真っ白い封筒で。あなたと凪がキスしてる写真だった。あなたたちが特別な関係なのは私にだって分かる……でも、マネージャーの立場として言わせてもらう』
これが世に出るのは困る。分かるでしょ。
彼女は単刀直入に言った。ううん、言ってくれた。同じ気持ちだと彼らのファンの私は内心安堵した。
少しだけ痛む胸のことなんてどうでもいい。
「安心してください。私と凪くんはただの推しとそのファンです。その写真はきっとコラー
ジュか何かです。よしんば付き合っていたとしても……ドッキリみたいなものでたった一日です。何もなかった。ただの夢です」
努めて明る<言った。坂崎さんは察してくれたのか、それ以上、何も言わなかった。
凪くんから何度もLIMEが入っていた。年末の歌番組見たか?とか、新年のバラエティ特番見たか?とか最初は他愛ない内容だった。顔を見れば泣いてしまうからもうずっとテレビは見ていなかった。
既読はつくのに返事をしない私を不審に思ったのか【なんかあったか】とそれはやがて心配に変わっていたようだった。毎日のように鳴るその通知に覚悟を決めて、一言だけ【すみませんが、あの日のことは忘れてください】と送った。それ以降しばらく返事がなかった。返ってきたのは五日後だ。
【どういう意味】
【凪くんとは付き合えない】
【何で】
【理由なんてない。あなたは私にとって推しだから。】
【意味分かんねーよその理由。推しとしてじゃなく普段の俺が好きだって言ったのそっちだ
ろ】
【勘違いだった。やっぱり推しとして好きなだけ。推しとしてしか見れないって分かったの。私は結局、疑似恋愛をしたかっただけ】
布団の中で嘘だけを並べて打った文字。自分で見るのも辛いくらいだった。
これでもかと言う程、言葉で彼を傷つけてしまっている。
でもこれで彼の未来まで奪うことにはけっしてならない。これが、最善の方法なのだ。いや、彼を守れる方法はこれしかない。返事を待たずにLIMEアプリを閉じる。しばらくしてロック画面に通知が届いていた。
彼の名前と【何かあったんだろ。俺には言えねーことなのか】という一文。
私はそれを既読にはせずに、スマホの電源を落とした。
何てことはない。ただ、夢から覚めただけ。また普通の日常に戻るだけ、そう思えば生きていける。
眠ろうとすればするほど、出逢った時からこれまでの彼と、そしてじいちゃんとの日々が蘇える。
ごめん、じいちゃん。私は彼の希望にはなれなかったみたい。
でも、彼のことはちゃんと守るからね。それだけはどうか、どうか。
安心してください。
もう感情なんて捨てよう。そう思ったのに、その夜は枯れたはずの涙が勝手に溢れ出てきた。けれど、ここで泣いたら今も私を見張っているあの男の思う壺だ。彼を想って流す涙は、今日が最後。
絶対にあんなゲス野郎に声なんて聞かせてやるものか。
その夜は蒲団を被ったまま震える肩はそのままに、ただじっと声を殺し続けた。それが私の一途な想いの証明になるから。
◇◇◇
何日か経って諦めがついた私は言う通りにしたと細川くん――その悪人に伝えた。
無表情で言って踵を返し、仕事に向かおうとした私に相手は職場まで送る、と笑っていた。
何をされるか分からないから否定も肯定もせずに駅まで歩いた。そうして電車に乗り込んで、いつかの盗撮事件のことを思い返していた。
「今になってあれも偶然じゃないって思ってる?正解。さすがは俺の恋人」
聞いてもいないことを相手はペラペラと語りだした。
「あのリーマンは俺の仲間。そうしていないと生きていけない奴。ビョーキって可哀想だよねえ。あいつも俺には言われたくないだろうけど」
その仲間を誘導したのは自分だと、真実を愉快そうに語られて吐き気がした。
もう逃げ出すつもりもないから、電車の窓に映る青白い顔の自分を他人事のように眺めていた。
吊革の傍の広告には、見知った二人組の綺麗な顔があって。それだけでも救われた気がした。




